第746話 『セシリアのボウガン その3』
床に取り付けられているハッチを開けると梯子があり、それを使用して地下に降りる。
下へはウィルマが先に降りて、ランタンの灯りを頼りに室内の灯りを付けた。
ロウソクよりも煌々としていて、まるで家の外みたいに室内が明るくなる。ランプの類だけれど、魔石を利用した照明器具のようだった。それが室内にいくつか設置されていて、その全てをウィルマは点灯させた。
室内が照らされると、お爺さんが言った通り沢山の武器が置かれていた。1階の店内とは違って、木箱に収められたままになって積み上げられている商品もある。それにしても、沢山の量。
「まいったわね。お爺さんの言った通り、確かに武器はあったけれど、量が多すぎてどれを選んだらいいか解らないわね」
ファーレと顔を見合わせると、ウィルマが言った。
「盗み聞きって訳じゃないが、たまたま話しが聞こえた。暗殺用のボウガンが必要なんだろ、あんた」
「セシリアよ」
「私はファーレ」
「セシリア、ファーレ。ボウガンが必要なのは、どちらだ? それとも二人共か?」
「私よ」
「それなら私があんた……セシリアによく合ったボウガンを選んでやろう。それで気に入れば購入してくれればいいし、気に入らなければ他にも商品はある。兎に角、いくらか見てみるといい」
ウィルマはそう言って、ボウガンや弓など飛び道具が沢山置かれている方へと近づくと、その辺りをゴソゴソと漁っていくつか、長方形の大きな木箱を取り出した。それを地下室に設置されているテーブルの上に置くと、雑巾を手に取って木箱を拭いた。
「これだ。セシリア、あんたが使用するならこれがいいかもしれない」
箱を開けると、とても変わった形のボウガンが入っていた。なんて言うのか、とても刺々しく毒々しいボウガン。気を付けて扱わないと、怪我をしそうなデザイン。
「これは、暗殺用?」
「そうだ、専用の毒の矢と合わせて使用する。毒は猛毒で、このボウガンはその効果を倍加させる特性が施されている。精密射撃や飛距離も申し分ないし、暗殺用としてはもってこいだ。どうだ?」
「……そうね」
「迷っているようなら、奥に試し打ちできる部屋がある。そこへ案内しよう」
「試し打ちできる部屋? そんなものがあるのね」
「言ったろ。当店は自慢の武器屋。偶然見つけて入ったんだろうが、それはついている。今でこそ、この街の武器商売はババン・バレンバンの奴に牛耳られているが、実際はこの武器屋テルこそがリベラル……いや、メルクト共和国一の武器屋なんだ」
ババン・バレンバン。リッカーの住処であった十三商人の一人で、武器屋。私達の中では、『狼』なのではないかと思っている候補の一人。
「凄い自信ね」
「そうだ。パスキア王国の双璧と呼ばれる名将を知っているか?」
「パスキアの名将。確か、以前に何処かで聞いた事があるような気もするのだけれど……ファーレは知らないかしら?」
ファーレは一瞬考える素振りを見せるも、ポンと軽く手を叩いて言った。
「パスキアの双璧――実際にお会いした事はありませんが、一応そのお名前は存じております」
「ほう、知っているのか! その名前を言ってみて」
ファーレの知っているという言葉を聞いて、ウィルマは目を輝かせると、また持っていた林檎をシャクっと齧った。
「パスキアの双璧。お一人はペガサスナイトを統率し、『天馬騎士団』の団長を名の慣れているトリスタン・ストラム様。ペガサスに跨り悠然と大空を駆け抜ける姿はとても凛々しくて、天馬将軍とも呼ばれていらっしゃいます」
「もう一人も解るか?」
「ええ。もう片方の双璧は、ブラッドリー・クリーンファルト様。黒色の鎧に身を包み、ひとたび賊や魔物が現れれば、閃光のように現れて駆逐する。そこからブラッドリー様の率いる騎士団は『閃光騎士団』と呼ばれ、ブラッドリー様もそれに伴って閃光将軍と呼ばれておられたと記憶しております」
ファーレのパスキアの双璧の説明を聞いて、満足気に何度も頷いているウィルマ。私はそんな彼女に突っ込んだ。
「それで、それがどうしたというのかしら」
「自慢話だよ。そこからアタシの……いや、当店の自慢話に繋がるんだ。実は、そのパスキアの双璧の二人の愛用している武器、それは今1階にいるうちの爺さんとアタシで手配したものなんだ」
嬉しそうに語るウィルマ。確かにそれは凄い事だと思うのだけれど、ボウガンの試し打ちができる場所があるというのなら、早くそこへ案内してほしい。
「ブラッドリー様には当店自慢の商品、『ライノホーン』というランスをお買い上げ頂いて、トリスタン様にも『フェイルノート』という弓をお買い上げ頂いた」
「その『フェイルノート』という弓は、凄い弓なのかしら?」
「とんでもない弓だ。放てば百発百中、矢が狙った獲物を追尾すると言われている特級品だ。アタシも奇跡的にあれを入手したが、その時に試し射ちで森で使ってみたが、何て言うか……異常だったよ。鳥を狙えば必ず射落とし、グレイトディアーを狙えば確実に心臓を射貫いた。試しにわざと狙いを外して放ってみても、矢はカーブを描いて獲物の急所を射貫く。まるで魔法のような武器。家宝にしたかったし、決して手放しなくはなかったが、この街で商売仇のババン・バレンバンが商売の全てを牛耳るようになってから、うちの店の営業もひっ迫してな。店を存続させるためには借金も造るしかなく、それが膨れ上がって……」
「なくなく、フェイルノートをトリスタン様に売ったという事ね」
「まあ、今それがあったとしてもあんな物凄い弓をもう売ったりしようとは思わないがな」
どちらにしても、私はきっと弓を上手に使えない。だけど自動で矢が追尾してくれるなら、ボウガンでなくても、その『フェイルノート』という弓でもいいかもしれない。
「すまんな、自慢話が長くなった。とりあえず、当店はそれ程凄い武器を取り扱っていた事があって、パスキアの双璧をお客さんにした事があると解って欲しかった」
「そう、でも商売は信頼が大切だから当然だと思うわ」
ウィルマは、奥の扉をギイっと開くと、手招きをした。
「この部屋でボウガンや弓の試し打ちができる。入って、是非試し打ちしてくれ」
私達はウィルマの案内に従った。




