第745話 『セシリアのボウガン その2』
――暗殺用のボウガン。それは、極めて殺傷能力が高く、対人専用に作られたボウガン。
この武器屋の店主であるお爺さんは、そのボウガンを見せてくれるという事で、私達を奥の部屋へと案内した。
「ここじゃ、ここを降りる」
奥の部屋はなんの変哲もない、普通の従業員の休憩部屋のような造りになっていた。お爺さんは、唐突にしゃがみこむ。部屋の床にあるハッチ。それを開けると、その下を指さして言った。
「もしかして、地下に行けというのかしら」
「そうじゃ。意外と値の張る武器は、店頭には出しておらんでな。防犯上、ここにしまっておる。どうじゃ、見てみるか? 本来は、金を持っておる者にしか案内せんのじゃが……お嬢さん方は驚くほど美人でわし好みじゃし、服装から言っても大金持ちとみた。じゃから案内してやろう」
ハッチの中を覗き込むと、真っ暗だった。一抹の不安は感じるけれど……
ファーレは私よりも不安な表情をしている。無意識に私の服の裾をつまんでいた。
「ファーレ」
「え? な、なにかしら」
「その……怖いのは解るけれど、汚いものでもつまむようなそれ……やめてくれないかしら。どうしても、掴みたいのだったら、しっかりと腕の方を掴んでくれる?」
「え? あ、そうですね! すいません、私ったら!!」
ファーレはそう言って、私の右腕を抱きしめるように掴む。てっきり慌てて離れるかと思ったのに、予想外。そしてファーレの大きな胸が、私の肩にあたる感触が……同じ女だし、わざとじゃないのは理解しているけど、胸の大きさが控え目な私にとっては嫌味に感じる。
ここにテトラがいれば、この気持ちを全てテトラにぶつける事ができてスッキリできるのに。
「何しとるんじゃ、ほら。さっさとこの中へ入るんじゃ」
ファーレが顔をしかめる。
「で、でも真っ暗じゃないですか? 灯りはないのですか?」
「灯りはない。大丈夫じゃ、危険な武器はしっかり固定しておるからのう。どーれ、それほどまでに不安ならわしが特別に手を握ってやろう。ぐへへへ」
やっぱり何か下心のようなものを感じる。強力なボウガンが手に入るのなら、ここで手に入れておきたいけれど、この分だと本当にこのお店の地下にそれがあるのかは解らない。
「ほーれほれ。早く早く。一緒に地下に降りるぞい」
お爺さんはそう言ってまた私達を急かすと、私とファーレの手を握って引っ張り、地下へと降りようとした。でも私達はこのお爺さんの態度と、このお店の地下に本当に商品があるのかどうか怪しんでいる。
戸惑って、どうしようかと少し抵抗していると、何か丸い物が飛んできてお爺さんの頭に命中した。
「あいたっ!! なんじゃ、なんじゃーー!! 誰じゃ、わしの頭に林檎をぶつける不届き者は!!」
「アタシだよ」
「ひいいっ!! ウィルマ!! ウィルマじゃないか!!」
そこには、私達位の歳の娘が立っていた。片手には林檎、もう片方の手にも林檎の沢山入った麻袋を抱えている。
「あんたら、お客さんかい。リベラルの武器屋は初めてかい?」
「そうよ。だけど、それがなんだって言うのかしら」
「それならあんたら、とても運がいいよ。この店はリベラル……いやメルクト共和国で一番の武器屋だからさ」
ウィルマという娘は自慢げにそう言い放つと、手に持っていた林檎はシャクリと齧った。
「ウィルマ!! お前、今日は街の外へ狩りに行ったんじゃなかったのか?」
「そうだけど、気が変わった。アタシの今日、狩りで使用するつもりだった弓の弦がどういう訳か切れたんで戻ってきた。そしたら、お爺が何処かの貴族令嬢を、店の地下室に連れ込もうとしていてドン引きした」
「ま、待て!! 待つんじゃ、わしはそんな下心ないぞえ! わしは純粋なるこの街の武器屋として、このお嬢さんらに当店自慢の商品を見せてやろうとしてだな。お客さんは大切じゃろ?」
「そうだな、お客様は大切だ。だけどな、その大切なお客様に何かしようとしているって言うのなら、このアタシが許さない」
「ま、まてーー!! 待てっていっとろーが!! 誤解じゃ、誤解なんじゃ!! なあ、お嬢さん達からもウィルマに説明してくれ。そしてわしの無実を証明してやってくれい!」
私達に下心を抱いて真っ暗な地下室へ連れ込もうとした、この武器屋の店主であるお爺さん。それといきなりそこへ登場し、お爺さんの下心を見抜いて、罰を与えようとするウィルマと呼ばれる娘。
「セシリア……」
「特に問題はないわ、ここは私に任せてもらえるかしらファーレ」
今のこの状況よりも、私は二人の会話から別の事に意識がいっていた。お爺さんの下心はどうであれ、このお店の地下に質の良い武器があるという事。
私に縋りついてこようとするお爺さんの頭を押して、近寄らせないようにさせながら、ウィルマという名の娘に目を向けた。
「失礼ですけど、あなたはどちら様なのかしら?」
「アタシはウィルマ・テル。この色ボケ爺さんの孫娘で、このメルクト一の武器屋テルの従業員だ」
「……このお爺さんの孫娘……」
そうじゃないかと薄々思ってはいたけれど、ファーレはかなり驚いている。こういう所は意外と鈍感なのね。
「それじゃ、ウィルマと呼んでもいいかしら」
ウィルマは頷いた。
「早速だけど、本当に地下に武器があるというのなら、私達に見せて欲しいのだけれど。もちろん気に入ったら、この場で購入するわ」
ウィルマは私にしがみつこうとしているお爺さんを掴んで向こうへ投げると、ニヤリと笑い地下に降りる為にランタンに火を灯した。




