第744話 『セシリアのボウガン その1』
交易都市リベラルの商業エリアに並ぶ、とある武器屋。そこに私とファーレは立ち寄った。
お店に入るなり、まずは店内を一周見回した。店員はいない?
「セシリア、あちらを見てください。大小様々なボウガンが吊り下げられていますよ。それにそちらにも――弓も沢山種類があります」
「そうね、でもきっと弓は使えない。それなりにスキルが必要とされる武器だから。その点、ボウガンなら矢をセットして引き金を引くだけで、強力な一撃を放つことができるわ。誰でも敵を倒す事ができる」
「そうなんですか……ボウガン。私は使った事がないですね」
まじまじと私以上に、ボウガンを手に取り見つめるファーレ。その様子を暫く眺めていると、私の買い物をしに来ていたのだという事を思い出す。
この後も果樹園に行くという予定がある。だから、そんなにゆっくりしていてはいけない。目の前に陳列されているボウガンを一つ一つ手に取り、重さや使いやすさなどを調べた。もちろん、ボウガンそれぞれでフォルムも違うので、その好みもある。
そして私は好み=自分で思う使いやすさだと思っているので、それらも選ぶ重要な要素だった。
次々と沢山あるボウガンの中から、一番気に入ったものを探し出す為に吟味していると、隣で同じように商品を見ていたファーレが可笑しな声をあげた。
「ひゃああーーん!」
え? どうしたの!?
「だ、誰かが私のお尻を……」
振り返ると、そこには小さなお爺さんが立っていた。
「フェッフェッフェ。ええオケツだわい。もっと触らせてくれんかのー」
後ずさりするファーレ。私は近くにあった商品、メイスを手に取ると、それをそのお爺さん目掛けて大きく振り上げた。
「待て待て待て!! お嬢ちゃん、あんたこんなヨボヨボのお爺さんを叩き殺す気か!?」
「叩き殺す? いいえ、生ぬるいわ。すり潰してあげる」
さっきまでいやらしい顔をしていたお爺さんの顔は、一気に青ざめて恐怖に引きつる。
「だから待て待て待て!! 待てと言うとろーが!!」
「え? なぜ?」
「そりゃそうじゃ。わしゃー、この店の店主じゃぞ。その店主をそれで叩き殺すつもりか!? たちまち、警備兵がきて、取り押さえられるぞ。それでもいいのか?」
「言ったでしょ? 叩き潰すんじゃないわ。すり潰すのよ。それが何だったのかも解らないくらいにね」
更にメイスを振り上げると、店主は更に悲鳴をあげる。みかねたファーレが私を抑えた。
「待って、セシリア! もういいですから」
「あら? いいの?」
メイスを下ろすと、お爺さんは大きく息を吐いてその場に崩れた。
「ふーーー、本当に恐ろしいお嬢さんじゃ。とんでもない美人さんじゃが、同じくらいに恐ろしい」
「お爺さん、あなたの方が恐ろしいわよ。勝手に、この子のお尻を触ったのだから」
そう言ってファーレのお尻に手をやる。すると、ファーレは何かを感じたのか、さっと後ろへ避けた。当たり前だけど、この辺がテトラと違う。
テトラは、あの大きな胸とお尻をアピールして、いついかなる時も周囲に対して挑発を繰り返している。だけどその割には、とんだ無警戒でお尻でも胸でも触り放題だから、それは駄目よといつもその身体に直接教えてあげている。
「そんなのアレじゃぞ! アレじゃ! そんな事言ったら、お嬢さん達だって、勝手にわしの店の商品を触っていじくりまわしとるじゃないか」
「それは、どれを買おうか見定めているからよ」
「わーしだってそうじゃ。お嬢さん方の、お尻の柔らかさや形を見定めておったんじゃ。こう見えてもわしはアレじゃぞ。列記としたオシリニストとして、知る人ぞ知る……」
一度置いたメイスに再び手を伸ばすと、それを掴んで思い切り振り上げる。視線はこの店の店主。振り下ろす直前で、またファーレに止められた。
「ひいいいい!! こ、殺されるうううううう!!」
「待って、待ってください!! セシリア、本当にこのお爺さんをミンチにしてしまいそうです」
「ミンチ? あら、それいいわね。じゃあミンチにしてあげちゃおうかしら」
「待――て!! 待て待て!! 待てと言っておろうが!! お嬢ちゃん達、ここに武器を買いにきたのじゃろ? 小さな事を気にして目的を見失っちゃいかん!! それで、なんじゃ? 何を探しておるんじゃ、メイスか? 破壊力のあるメイスを探しておるのか?」
ファーレと顔を合わせると、二人で溜息を吐いた。
握っていたメイスをもとの場所に立てかけて、私はお爺さんに答えた。
「武器は、ボウガンを探しているの。欲しいのは、この私。このお店にいいボウガンはあるのかしら」
「ほう、ボウガンとな。確かにこの店にはご覧の通り、実に様々なボウガンを取り揃えておる……が、獲物はなんじゃ。見た所、商人か貴族のお嬢さんと言った感じじゃが、狩りか?」
メイドである私にとって、武器は馴染みのないものでぜんぜん頭になかったけれど、そう言えばボウガンや弓なんかは、使用用途も幅広かった。何があるのかパッと考えても、冒険用、狩り用、護身用、競技用、戦で使うようなものなど様々。
私はお爺さんの目を見つめて、はっきりと答える。
「冒険者が使うような安定性と柔軟性に優れたもので、狩りにも使えるもので、尚且つ扱いやすいものがいいわ。でもそれだと、全ての用途を含んだボウガンって事になるのかしら。だから一言で簡潔に言うわ。このお店で、極めて殺傷能力の高くて、この私でも扱えるようなボウガンはあるかしら」
それを聞いたお爺さんの眉間に皺がよる。そして、言った。
「それならいい物があるぞい。暗殺用のボウガンじゃ」




