第741話 『セシリアの性癖とフルーツタルト』
食事を終えると、デザートとしてケーキがテーブルへと運ばれてきた。
食事中にドリンクを飲んでしまったので、ファーレの分も含めて、ドリンクのお代わりを再び注文する。そしてケーキを楽しんだ。
ファーレは自分の注文した、季節の彩フルーツタルトを目にすると、その目を輝かせた。そしてタルトの上に乗る、無数の果実の中からラズベリーを選んで、フォークで刺すと口の中へと放り込んだ。
「美味しーーい!! 甘くて程よい酸っぱみがお口の中に広がって、本当に美味しいわ」
酸っぱみ? 酸っぱい味ってことかしら。
私も自分で注文したモンブランを味わってみる。まったりとして、物凄く美味しい。そして何より驚いたのは、ケーキの頂上にはマロングラッセが乗せられていた事。
モンブランというケーキは、栗が使用されていて、ただでさえ手の込んだものなのだけれど、マロングラッセまで使用されているなんて……これは、たまらない。
思わずメニューに目がいく。そう言えば食べたいものを見て注文したので、値段を見ていなかった。交易都市リベラルの価格である事も考慮すると、かなり高そう。
メニューに手を伸ばして確認しようとすると、ファーレが見透かしたようににこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ここの代金は全て私がお支払い致しますので、他に何か注文したいものがあれば遠慮なくしてくださいね。って、これからデューティー・ヘレントのもとへ行かなければならないのに、沢山食べたら動けなくなってしまいますよね、フフフフ」
「あら、そう。それじゃ、お言葉にあまえようかしら。でもそうね、確かにこれ以上は食べ過ぎかしら。注文はこの位にしておいた方が、いいかもしれないわね」
先程から気になっているファーレの仕草。そして食事をする時の作法というか……何か引っかかる。
私がメイドだから、そういう事に敏感なのかもしれないけれど、豪商の娘というよりは、やはり貴族令嬢とかそういう高貴な気品のような雰囲気がファーレにはあるように見えた。
「あの……セシリアさん」
「何かしら?」
「このフルーツタルト、とても美味しい果実がふんだんに使用されていて、とても美味しいです。良かったら味見してみませんか?」
「あら、そう。なら、お味見させてもらおうかしら」
パクリ……
食べてみると確かに美味しい。王宮でもこのレベルのものを用意する事ができれば、間違えなく陛下はお喜びになられる。
「美味しい。確かにとても美味しいわね」
「そうですよね。こんな美味しい果実、私の育った国でもなかなか食べられません」
ファーレはそう言いながら私のモンブランを、直視している。なるほどね、私の注文したモンブランも味見してみたいと思って、ファーレは自分のケーキを味見しないかと言ってきたのだと気付いた。
私は気づかないふりをして、残しておいたモンブランの頂上にのっているマロングラッセにフォークを伸ばす。
「あ、あの!!」
「え? 何かしら?」
「その……私もちょっとセシリアさんの食べているケーキを、味美させてもらえないかなと思って」
「ええ、もちろんいいわよ。はい、どうぞ」
モンブランの乗った皿をファーレの前に差し出すのではなく、私は自分のフォークでモンブランの一部をカットしてフォークに乗せると、それをファーレの口元まで運んだ。
「はい、あーーーん」
「え? あっ、あーーーん」
なぜか頬をほのかに赤くして、目を閉じて口を開けるファーレ。
しっとりとしていて、綺麗で艶やかな唇。私が彼女にケーキをこうして食べさせることで、なんとなく相手を支配する為に、餌付けをしているような気持ちになった。
テトラと同じで、とてもいい。少し気にかかる所はあるけれど、ファーレはとてもいい素材だわ。自分の性癖が、少し顔を出す。
「マロングラッセも、半分食べていいわよ」
「え? でも……」
「私の食べかけだけど、嫌じゃなければどうぞ」
「い、嫌とかそんな……」
私が半分齧ったマロングラッセ。それを見つめるファーレ。だけど同じように「あーーん」と言って差し出すと、ファーレはそれを美味しそうに食べた。フフフ、本当に餌付けをしているみたい。
私はハンカチを取り出すと、ファーレの口元を吹いてあげた。ファーレは、また赤くなって俯くと、「ありがとうございます」と恥ずかしそうにしながら言った。
ケーキももう一口か二口で食べ終わるという所で、私は手を挙げて店員を呼ぶ。
「すいません」
「はいー、いかが致しましたかお客様」
「この彼女が食べているフルーツタルト……」
「季節の彩フルーツタルトでございます。旬の果実をふんだんに使用させて頂いております」
「そうそう、季節の彩フルーツタルト。とても美味しかったわ」
微笑みかけると、店員はとても満足気な顔をして、頭をさげた。私は続けた。
「それでこの季節の……果実なのだけれど、とても美味しいから、国へ帰る前にいくらかお土産に買って帰りたいのだけれど」
「それでしたら、このリベラルには果実専門店もございます。よろしければ、おすすめのお店をご紹介させて頂きますが」
「そうじゃなくて、もっともっともーーっと購入して帰りたいのよ」
店員は一瞬驚いた顔をする。でも高級なドレス姿に身を包む、私とファーレを足先から顔の辺りまでじっと見ると、思い出したかのように言った。
「それでしたら、ヘレント様。デューティー・ヘレント様と直接、お取引すればよろしいのではないかと」
針に魚がかかった。
「その人なら、名前は伺っているわ。リベラルで一番の果実屋さんで、フルーツディーラーとも呼ばれているそうね」
「その通りです。ここだけの話ですが、ヘレント様はこの街の最高権力者である十三商人の一人でもいらっしゃられます」
「そう、それなら尚更いい商談ができそうだわ」
私の言葉を聞いて、店員はもう私とファーレの事を、何処かの貴族令嬢か何かだと思ってしまっているようだった。




