第738話 『ダニエルの売り込み その1』
交易都市リベラル――ボム・キングの闘技場、客間。
ダニエルさんは、ここに来る時に一緒に馬車に積んできた大きな箱を、この客間へと御者に運ばせた。そしてその中身を取り出すと、私に手渡した。
私はそれを確認して、顔が真っ赤になった。隣にいたアイシャも「えらいこっちゃーー!!」って大声をあげる。
「ダ、ダニエルさん……こここ、こ、これはなんですか!?」
「アーマーだ。うちの商品で、品質も素晴らしいアーマーだよ」
「ア、アーマーってこれ……ビキニアーマーじゃないですか!!」
ディストル・トゥイオーネを思い出した。彼女もビキニアーマーを着ていた。
エスカルテの街の冒険者ギルドで、バーンさんと初めて彼女に会った時には、その姿に驚いてドキドキしてしまった。
だけど不思議な事に、一緒にメルクト共和国に向かい、旅を続けている間にそれが普通になっていつしか気にならなくなってしまっていた。
でもそれを私が着るとなると……しかも、ディストルの着ていたビキニアーマーよりも……面積が少ない気がする……
「ダ、ダニエルさん! こ、これ本当に私が着るんですか?」
「そうだ。うちのアーマーだ。動きやすくて、最高のアーマーだぞ。まずはちょっと装着してみてくれ」
「えええ!! い、今ここでですか?」
「はっはっは、ここでは困る」
「ダッハッハッハ、ワシはかまわんぞ」
「ボムが良くても私は困る。何処か試着できる部屋はないか?」
「それなら隣の部屋を使えばいい。鍵もあいている。ほら、行ってこい」
「え? え? えええ!!」
着るとも言っていないのに、あれよあれよと話が進んでいく。私はダニエルさんとアイシャに客間から押し出されて、隣の部屋に連れていかれた。そしてダニエルさんが持ってきたビキニアーマーを再び手渡された。
「それじゃ、私は客間に戻っている。君はそれに着替えたら、客間に戻ってきてくれ」
「え、ええ!? で、でで、でもこれ恥ずかしいです!! ほとんど、水着だし面積もかなり……」
「心配するな。最高のアーマーだ。面積は確かに少ないが、大事な部分は隠れているし……その強度は、かなりのものだぞ」
「性能の心配ではなくて、恥ずかしいって話です!!」
そう言うと、ダニエルさんはアイシャの方を振り向いた。
「ところで君は……何処かで見たような気がするが……まあいい。君はテトラの友人だな」
「うちはテトラの事、友達やと思わせてもーてますわ」
「ア、アイシャ! わ、私もです!」
「ふむ、ならばいい。これからテトラに話す事は、ここだけの話にして欲しいのだが、できるかな?」
何度も頷くアイシャ。ダニエルさんは、にこりと笑うと再び私の方を向いた。
「テトラ、君はとても美人で可愛い」
「え? ええええ!! い、いきなり、そんな!!」
ダニエルさんにこんな事を言われて、どうしていいのか解らなくなる。また顔を真っ赤にしてしまった。
フォクス村でだってそうだし、クラインベルト王国へやってきてメイドとして働かさてもらってからも、こんな事を言われた事はなかった。
この街へやってきてから、ミルトさんにローグさん、それにダニエルさんまで私に対してよくしてくれるし……こんな今まで言われ慣れていない事なんかも言われてしまって、物凄く動揺してしまう。
でもダニエルさんには、亡くなった奥さんや子供達がいて、今も喪に服しているはず……そんな事を考えていると、ダニエルさんは続けて言った。
「君は私の取り扱うアーマーのように美しく、それでいて強い。そしてそれは、とても強みになる」
「え? アーマー? つ、強み?」
「そうだ。ボムは、君を闘技場に出してもいいと、まだちゃんと返事をしていない。だから君のこの完成された姿を見せる。私の取り扱っているアーマーの完成度に負けない程のな」
「か、完成?」
「そうだ。君は武芸者なんだろ? 持っているその槍から見ても、只者で無いことは私には解る。そんな君が、私の開発したアーマーを着て闘技場に出ると言えば、ボムは間違いなくいい返事をする」
「で、でもなぜビキニアーマーなんですか?」
「それは、簡単だ。その方が客のウケがいいからだ。君のような可愛くて強い子がビキニアーマーで、血と汗臭い闘技場に出場する。そして華麗な技で次々と巨漢を倒していく。それだけでも客が呼べる。あと付け加えるなら……っというか、表向きな理由は私の商品の宣伝だ。君が活躍すれば、君が身に付けている私のアーマーは、優れているという事を多くの人に裏付けて宣伝してくれる。そういう事だ」
確かに筋は通っている。私が闘技場に出場すれば、ボム・キングとも関係が深まるし、優勝すれば有名にもなる。
有名になれば、このリベラルにおいて他の十三商人やえらい立場にいる人たちにも顔が利き、簡単に会えるようにもなる。
利にもかなっている。だけど流石というか………ダニエルさんも、改めて商人だなって思わされる。あと、やっぱりビキニアーマーを着るなんて恥ずかしい。しかもそれで、大勢の前で戦うなんて……
「セシリアとローザだったな。二人も今頃、頑張って『狼』を探っているんだろ? 君も頑張らないとな。その為に私は君を全力でバックアップする」
「うちもやで。うちもテトラの為に、できることはさせてもらいますわ」
「ありがとうございます、ダニエルさん、アイシャ」
これは、もうここから引くことは難しい……っというか、できない流れ。
私は大きな溜息を吐くと、覚悟を決める。ダニエルさんとアイシャにも、部屋の外に出てもらって、重い指を動かしてビキニアーマーに着替え始めた。




