第737話 『闘技場ドーム その5』
「てめえ、ババアどきやがれええ!! このバ……」
また暴言を放とうとした所で、レティシアさんは袈裟固めの大勢から、エイティーンの顔面にパンチを入れた。
破壊力のあるパンチではなく、鋭くて速さのある小さな突き。しかも1発では、終わりではない。最初の1発が入ると、エイティーンはまた何か叫ぼうとした。でもその前にレティシアさんは、袈裟固めの密着した状態から容赦なく突きを連続で放つ。
合計で、45発。流石にそれだけパンチを浴びせられ続ければ、エイティーンも動かなくなった。
レティシアさんはエイティーンを解放すると、立ち上がり服についた砂を払った。そしてカンダタを見る。
「うおーーい!! 女盗賊団『アスラ』の怪力エイティーンを、こんな簡単にやっちまうなんて。こいつは驚きだ!! 確かにデイク・ツーソンと並ぶ、ボム・キングの二枚看板と言うだけの事はあるぜ」
「フフフフ。女はね、そういう褒め方をされても喜ばないものなのよ」
「そりゃそうだ。すまねえ、俺様の見る目が間違っていた。よく見りゃいい女だ」
「あら、ありがとう」
「それでどうだ? この場は、やられる前に負けを認めて退場するってーのは。そうすればもうあと、向こうで戦っている5人を倒して俺様の優勝だ。俺様が優勝した暁には、おめーをよ、俺様の女にしてやってもいいぜー。なあ、いいだろ?」
まったく良くない。レティシアさんと、あのボサボサ頭に無精髭で、一目でだらしのないと解る姿のカンダタが吊り合うはずがない。
レティシアさんを自分の理想のお母さんとして重ねてしまった事のある私にとって、カンダタの発言は認められなかった。
例えばレティシアさんに、相応しい男の人がいると言えば……ゲラルド様とか、バーンさんとか……でも、バーンさんも無精髭だった気もする。でもバーンさんは、清潔感もあるしカッコいい。
兎に角紳士的で、思いやりのある人。それが第一条件。
はっとして、隣を振り向くとダニエルさんと目が合った。
「ん? なんだ?」
「い、いえ、別に」
ダニエルさんもお腹が出ている。でもカンダタとは、違う。とても紳士的で思いやりのある人。もしも私がこの先結婚できるような事があれば、ダニエルさんのような優しい人がいい。
でもどちらにしても奥さんと子供達を今も愛しているようだし、何より今は喪に服しているようなので、レティシアさんの彼氏としてはやっぱり難しいと思った。
ワーーーー!!
変な余計な事に頭を巡らせてしまっていると、歓声がなった。みると、カンダタがレティシアさんではなく、残る5人の戦士に襲い掛かっていた。そして簡単に蹴散らすと、闘技場に二人だけになりレティシアさんと再び対峙した。
「すまねーーな。やっぱ気になってしかたねーから、片付けてきたわ。ワッハッハ」
「ウフフフ、せっかちなのね。お疲れ様」
「本当にいい女だな、あんた。あんたの事をババアって言ったエイティーンは、こうなってとうぜ……」
駄目!! カンダタがレティシアさんにとっての禁句を口にすると、レティシアさんは稲妻のようなスピードでカンダタとの距離を詰めた。驚くカンダタ。
レティシアさんの手には、メイスが握られている。先程倒した選手の一人が手にしていたものだけど、それをいつのまにか拾っていたのだ。
「うおっ!! マジか、なんて早い奴だ!!」
カンダタも慌てて反応しようと、愛用の牛刀を振り上げようとする。でもその前にレティシアさんの振るったメイスが、カンダタの顔面をとらえる。右こめかみの辺りを強打すると、レティシアさんは更にメイスを返して反対側、左のこめかみの辺りを続けて二度打った。
「げふっ……な、なんてや……つ……だ」
「ウフフフ、ごめんなさい。そのババアって品の無い言葉、嫌いなのよ」
白目を向いて、前のめりに倒れるカンダタ。
ワワーーーーーー!!
『ご覧ください!! 総勢33人、バトルロワイヤルを見事に勝ち抜いたのは、レティシア・ダルク。リベラルの闘姫、レティシア・ダルクの勝利です!! 皆さん、彼女に盛大な拍手を!!』
物凄い歓声、そして声援。私とアイシャも立ち上がって、物凄く拍手した。
「どうかね、楽しんでもらえたかね! ダッハッハッハ!!」
振り返るとボム・キングが笑っていた。ダニエルさんは、席から立ちがるとボム・キングに話しかけた。
「素晴らしい! 実に素晴らしい試合だったよ。流石はリベラル1の興行師ボム・キングだな」
「ダッハッハ。そんなに褒めても何もでんぞ。しかしダニエルが、このワシを正面切って褒めるのも珍しいな。もしかしてあれか? ひょっとして、ワシに何か頼み事でもあるのか?」
「君には敵わないな、お見通しか。実はだな、このテトラ・ナインテール。この子を闘技場に参加させて欲しい」
ええええ!!!!
ダニエルさんのその申し出に驚くボム・キングと、横で聞いていたアイシャ。少し離れた所でボム・キングの警護をしているデイク・ツーソンも、眉間に皺を寄らせて私を睨んだ。
馬鹿な事を言っていると、大怪我をするぞとでも言っているかのようだ。私は大量の汗をかきはじめた。凄く、嫌な予感がする。
「まあ、ダニエル。他でもない同じリベラル十三商人の君の頼みであるなら、出場枠の一つや二つ用意してやるが……取り返しがつかない事になるぞ。獣人は、通常のヒュームに比べて高い運動力を持っているのは知っているが、どうみても可愛らしい娘だ。踊り子だろ?」
「フフフ、これは成り行きで着ているだけだ。この子は武芸の心得がある。試合も終わった事だし、よければ話しやすい場所へ移動しないか」
「ふむ、まあいいだろう」
良くない!! ダニエルさんはいったい何を考えているのだろう!!
私はとても不安になって、全く関係のないアイシャに咄嗟に縋ってしまった。
「ア、アイシャ!」
「へえ」
「アイシャも、いいい、一緒に来てもらえますか? お、お願いです!」
いきなりの事で、キョトンとするアイシャ。でもにこりと笑って、頭を縦に振ってくれた。
「ええですよ。うちで良ければ、おつきあいさせてもらいますわ」




