第736話 『闘技場ドーム その4』
闘技場にいる戦士達の注目は、レティシアさん一人に向けられた。次々と彼女に襲い掛かる戦士達。
「うおおおおお!!」
「ウフフフ、駄目よ。その程度じゃぜんぜん話にもならないわ。もっと頑張って!」
戦士達の身体は鍛え抜かれていた。見るからに強そう。だけどまったくレティシアさんには、通用しない。
腕力に頼った攻撃もレティシアさんは、サッと器用にかわし、ナイフや剣による素早い攻撃も奪った鞘で、簡単に打ち払い避ける。それを、涼しい顔でやってのける。見とれるほどの動き。
レティシアさんの異常とも思える人間離れした動きを見ていると、あの人達を思い出す。
もしも、モニカ様やゲラルド様やバーンさんと、レティシアさんが戦ったらどちらが強いのだろうかと思ってしまった。
できる事なら、そこへ私も入りたい。入ってレティシアさんやモニカ様と、互角に打ち合えるようになりたい。そうすれば、きっと褒めてもらえる。何よりこの上なく楽しいに違いないと思った。
「ふーー。やっぱりラーマ国の闘技場と比べると、大した事はないわね。向こうが大人ならこちらは、子供用って所かしら」
「な、なめやがってえええええ!!」
レティシアさんの言葉に、戦士達の顔は真っ赤になり、身体は怒りに震えた。レティシアさんを今にも殺してしまいそうな勢いで、再び6人が襲い掛かる。でもそれでもレティシアさんは、変わらずニコニコと微笑んでいた。
これは挑発。今言った言葉が本心なのかどうかは、解らないけれど……怒って我を忘れ跳びかかっている所で、もうレティシアさんの術中にハマってしまっている。
レティシアさんは、最初に襲い掛かってきた男の攻撃をかわすと、その男の脳天めがけて鞘を振り下ろした。衝撃でバキっと鞘が折れると、破損した鞘を掴みとり次に向かって来る相手に投げつけてそのまま組み合って倒した。
剣を奪い取って前転。そこから息もつかぬ間に、残りの4人を剣で打ち倒す。
「ぐはあっ!!」
レティシアさん目掛けて男が飛んでくる。レティシアさんはそれをサッと避けると、男が飛んできた方を見た。カンダタ。
「まるで石礫のように、人を掴んで乱暴に投げるなんてひどい事をするわね。カンダタさん……でしたっけ?」
「乱暴なのが好きなのよ、ウヘヘ。レティシア・ダルク。しかしあんたに名前を覚えてもらえるなんて光栄だね」
「盗賊団『蜘蛛の糸』のカンダタさんでしょ。それ位知っているわよ。ガンロック王国だったか何処かで、あなたの手配書を目にしたから。ウフフ、あなたをここでやっつけちゃえば、この試合の賞金にキングさんからの報酬、そして懸賞金も稼げてニコニコよ。フフフフ、そしたら高級ホテル、グランドリベラルのスイートルームに宿泊しようかしら」
昨晩、ラビッドリームを通じてレティシアさんはグランドリベラルに泊まる私に会いにきてくれた。だからきっとそんな事を言っているのだと思った。それにしても……
「なんで、こうも選手たちの声がはっきりと観客席にまで聞こえてくるんだろう……」
私の何気ない言葉に、隣に座るアイシャが言った。口には、何かの食べカス。
「あれを見てください」
アイシャの指の先、ビップ席を囲む壁の各角に何か箱のような形をした装置が取り付けられていた。意識すると、そこから選手たちの声が生々しく聞こえてきている事に気づく。
「あれはなんですか? もしかして、何かの魔道具ですか?」
アイシャは頷いた。行商人をしているので、詳しいのかもしれない。
「うちもようわかりゃしませんねんけど、魔道具らしーですわ。ほんで、あれビップ席にだけ取り付けられてはって、ここに招かれるお客はんは、より選手さんらのリアルな声を聴いて、臨場感を感じて楽しむ事ができはるみたいですわ」
「へえ、そうなんですね。なるほど、凄いですね」
アイシャの説明を聞いて、魔道具って凄いなって感心していると、レティシアさんと対峙するカンダタをよそにエイティーンが動き始めた。狙いはレティシアさん。アイアンサックを手にはめて、思い切り振りかぶる。
「ウッハッハー!! おばさん、歳とっても綺麗なツラしているけどよ、これで年相応になるな!! 喰らわしてやんよ、俺様の自慢のパンチをな!!」
え!? この人は、レティシアさんになんてことを言うの!! 寒気が走る。
次の瞬間、レティシアさんの表情から笑顔が消える。
剣を地面に突き刺すと、後ろから襲い掛かってくるエイティーンのパンチを、まるで背中に目でもついているかのように、振り向きもせずにかわすとそのまま彼女を掴んで背負い投げた。
ううん、背負い投げるというか、跳ね上げて地面に叩きつけたのだ。しかもそのままエイティーンを投げたレティシアさんは、そのまま一緒になってゴロゴロとエイティーンと共に地面を転がる。そして彼女を押さえつけて、袈裟固めを決めた。
袈裟固め――投げた相手をそのまま抱きかかえるようにして、抑え込んで首を締め上げる寝技。そしてレティシアさんのこの技は、特殊。レティシアさんの片足がエイティーンの伸びた右腕にかかっていて、首を締め上げつつも、同時に腕も一緒に逆に極めていた。
なぜ私が袈裟固めなんて技を知っているかというと、それはもちろん以前にモニカ様にかけられたことのある技だったから。
そのモニカ様も、師匠であるヘリオス・フリート様に散々かけられて覚えたとか。
でもそうすると、こんな特殊な技を使用するレティシアさんっていったい何者なのだろうか……
あれこれと考えていると、闘技場にエイティーンの叫び声が響いた。エイティーンは、ディストルにも劣らない位にパワーがあった。だから力で、レティシアさんの技を返そうとしている。
「うがあああああ!! くそがあああああ!!」
「駄目よ、だめだめ。寝技は力で返そうとしても駄目よ」
だけどレティシアさんは、変わらず涼しそうな顔で技をかけ続け、締め上げられてつらそうにしているエイティーンの顔をじっと見つめていた。
レティシアさんは、おばさんと言われて相当に怒っている……私はそれに気づいた。




