第734話 『闘技場ドーム その2』
「さあ、それではこれより勇敢なる33人の戦士達によるバトルロワイヤルが行われます!!」
レティシアさんの名を叫んで良かったのか、解らなかった。だから立ち上がって手だけ振った。これならボム・キングには、ただ単に贔屓の選手を応援しているだけに見える。
すると闘技場にいるレティシアさんは、手を振っている私の存在に気づいて、驚いている表情を見せた。それから凄くニコニコし始めたかと思うと、飛び跳ねて私の方へ手を振り投げキッスを飛ばしてきている。
そう言えば、私は今踊り子の衣装を身に纏っていた事を思い出した。それでレティシアさんは……
ダニエルさんがそっと耳打ちをしてきた。
「あの飛び跳ねている冒険者風の女性、あれが君の頼りになる友人か」
「レティシアさんです……レティシア・ダルク。友人というよりは、私にとっては師のような感じです」
「レティシア・ダルク……」
その名を聞いて、はっとするダニエルさん。
「それは本当か!! なるほど、ボム・キングめ。レティシア・ダルクの名は、私も聞いた事だけはある。Sランク冒険者だ。これはかなり面白い試合が見れそうだな」
「はい。レティシアさんは、とんでもなく強いんですよ」
ボム・キングは、まだ私とレティシアさんが繋がっている事を知らない。それは、情報屋であるリッカーも同じ。
だけどレティシアさんがとんでもなく凄い冒険者だという事は、ボム・キングもこの街の全ての情報を収集しているリッカーも知っている。だからボム・キングはレティシアさんを雇い、自分のボディーガードをさせるだけでなく、闘技場にも出場させた。
「ダハハハハ!! 見ろー、見ろーー!! うちの二枚看板だあああ!! 勝つぞ、レティシアが勝つぞー!!」
いざ試合が始まるとなると主催者であるボム・キングも興奮を見せ始めた。私はダニエルさんに聞いた。
「に、二枚看板ってういうのは?」
「ふむ。ボムの持っている最高のカードの事だろ。以前は1枚だったが、そこにレティシア・ダルクが増えたという事だ。以前からいるのは、デイク・ツーソンという男だ。このボム・キングの主催する闘技場で最強の戦士と呼ばれ、普段はボム・キングの護衛もしている。ほら、あそこにいるだろ」
ダニエルが指す先、そこにデイク・ツーソンはいた。黒い肌に筋肉隆々の鍛え抜かれた身体。スキンヘッドに、肝の座った目つき。顔や身体中には無数の傷があり、とても強そうな男だった。
ボム・キングから少し離れた場所で立って、確かに彼を護衛している。
「あれがデイク・ツーソン。確かにとんでもなく強そうです。ですが彼は、このバトルロイヤルには参加しないんですか?」
私の質問にダニエルは、笑った。
「それはないな。ボムは、この試合はレティシアが優勝すると思っている。この試合はもちろん賭ける事ができるのだが、特別なルールが設けられている。つまりこの試合に限っては、客と主催者側の勝負みたいなものなんだ」
「つまり……どういう事ですか?」
「この試合に限っては、主催者……つまりボム・キングの出場させている選手に客は金を賭ける事ができない。だが他の選手には賭ける事ができる」
「え? じゃあつまり、レティシアさんが最後に勝てば、ボム・キングの一人勝ちという事ですか?」
「そうだ。だからレティシア・ダルクが出場する以上、デイク・ツーソンは出場させない。味方同士で潰し合いになるからな。因みに、この試合はもう一つ特別な事あったな。客と主催者との勝負と言ったが、主催者側以外の戦士に対しての賭け金の倍率は、通常の20倍だ」
「えええ!! そ、それじゃあ皆、こぞって賭けに参加するんじゃ……」
「そうだ。それでボム・キングは荒稼ぎする。デイク・ツーソンとレティシア・ダルクは、決して負けないと思っているからな。だからこそ、ここでつけいる隙が生まれる」
「え? 隙? そ、それって」
「君はこの交易都市に、『狼』を狩りにきたのだろ? 私はそれに協力を惜しまない。それでまずはボム・キングだ。ボムが『狼』であるかどうか……調査するには、まずはもっと踏み込んで近づかなければならないだろう」
やっぱりダニエルさんは、疑いようもない位に私たちの味方。メルクト共和国に平和を取り戻す為に、助力をしてくれる。それはミルトさんやイーサン・ローグも同じ。
誰が『狼』なのかはまだ見当もつかないけれど、十三商人の中でもう、3人も私達に協力的な味方ができた事は強みに感じた。
それでダニエルさんは、今の時点で一番怪しいと思っているボム・キングや、ババン・バレンバンに接触させてくれて調査する糸口を探してくれている。このチャンスを無駄にしてはいけない。
「テトラ、策は考えている。とりあえずは、調査の足掛かりからだ。おっと……それはそうと、いよいよ君の師匠の試合が始まるぞ」
「え? あ、はい!」
ダニエルさんの言葉に慌てて闘技場の方へと目をやる。すると歓声と拍手、そして選手たちの雄たけびと共にバトルロイヤルが始まった。
私は両手を合わせて喰い入るように、レティシアさんのいる闘技場に目を向けた。
33人の戦士たちが、それぞれ得意とする武器を手に取る。そして構えた所で、ある事に気づいた。あれ? レティシアさん……レティシアさんだけ武器を手にしていない。素手のままでいる。
『皆さん、それではお楽しみくださいませ!! いざ、ゴング!! 試合開始です!!』
まずい、このままじゃいくらレティシアさんでもやられるかもしれない。だってここに集まっている33人は、誰もが腕に覚えのある者達なのだから。
ふと涯角槍に目をやる。
なんとかこの槍を、闘技場にいるレティシアさんに渡せれば……だけど関係者でもないのに、レティシアさんのいる場所には入ってはいけない。
いったいどうすればいいのか……




