第732話 『観戦場所で……』
そこは十三商人が一人、興行師ボム・キングの館ではなかった。
ドーム状の建物――中へと通されると、そのままダニエルさんに続いて奥へと進む。ドームの中は、沢山の人で溢れかえっていたけど、驚くのはまだ早かった。
「こっちだ、テトラ。はぐれないようについてくるんだ」
「え? あ、はい!」
通路の先にある扉、そこを通るとまた外に出た。ううん、外というか中庭? 違う、中庭でもない。ドームの中心の天井部分には、大きな吹き抜けがあり、そこには広々とした円形闘技場があった。
「ダ、ダニエルさん!! こ、こここ、ここって!!」
「そうだ、円形闘技場だ。ボム・キングは興行師だ。そして最近は、これで荒稼ぎしている」
「え? 荒稼ぎって……闘技場でどうやって、お金を稼ぐんですか?」
「そりゃ色々ある。入場料でも金を取れるし……あそこを見ろ」
「え、お店がありますね。食べ物屋さんですか?」
「そうだ。客は入場料を払い、ここへ入ってくるとあそこで食べ物や飲み物を購入し、席について観戦し楽しむ。あと、あれが一番儲けがでかいが、あの辺に明らかに飲食店でない店があるだろ? あそこで客は、金を賭ける」
「か、賭けるって闘技場で誰か戦って、それで誰が勝つか賭けるって事ですか?」
「そうだ。それ以外に何がある? 人と人、戦士と戦士。時には、人と魔物が戦うから大盛り上がりだ。今やこう言った闘技場は世界中にあるが、この円形闘技場を運営しているボム・キングはその商売のやり方を、遥か北にある大国ラーマから習ったという」
「ラ、ラーマですか」
ラーマと言えば、北にある大国だと聞く。位置的にはクラインベルト王国よりも遥か北東……もちろん行った事は、一度としてないけれどこんな私でもその名前くらいは聞いた事がある。
国王がいない国で、共和政ラーマとも呼ばれている。国の規模はぜんぜん違うけれど、同じ共和国という事で、このメルクト共和国となんとなく重なった。
「ちょっとごめんよ、通してくれ」
「あっ! ごめんなさい」
それにしてもここは、人が多かった。何処に行けばいいのだろうと思いながらも、ダニエルさんに従ってついていくと、彼は闘技場の観客席上を指さした。そこは、特別に設置されたビップ席のような場所。
「テトラ、あそこにボム・キングがいる。早速行ってみよう」
「は、はい。お願いします」
ダニエルさんに誘導されてビップ席を目指す。もう少しで到着という所で、誰かに声をかけられた。特徴のある喋り方で、可愛らしい声。だからいきなり声をかけられても、ビクっとする事はなかった。
「テ、テトラやないですかー!!」
振り返るとそこには、可愛らしい小さな女の子が立っていた。
「アイシャ!! アイシャじゃないですか!!」
アイシャ――この交易都市リベラルを目指していた時に、その道中で出会って道連れになったコロポックルの女の子。
彼女とは、シェルミーのお陰で無事に街に入った後に別れたのだ。だからこの街にアイシャがいるのは、当然の事。だけどまさか、こんな場所で再会をするとは思わなかった。
「テトラは、こんな所へ何しに来はったんですか? もしかして闘技場を観戦しに来はったんですか?」
「え? う、うん、ま、まあ……そんな所かな」
「ほんならこれ、良かったら」
アイシャを見ると、彼女は両手で持ちきれない位の食べ物を持っている。さっきダニエルさんが、この闘技場内には売店があると教えてくれた。アイシャは、色々な食べ物をそこで買ってきた所なのだろう。
っという事は、アイシャも闘技場に観戦に来たんだ。
「あ、ありがとうございますアイシャ。それじゃ、こ、これいいですか?」
「ええですよ。それはタコヤキ言いますねんけど、えらい美味しいですよ。このフランクフルトもどーぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「そっちのおじさんも、良かったら」
「私は結構だ。それよりテトラ。先を急ごう」
確かにここへ来た目的は、闘技場を観戦しに来たのでもないし、美味しいものを食べに来たのでもない。
だけど……このアイシャから頂いた食べ物。フランクフルトは解るけど、このタコヤキっていう食べ物を見たことがないので、どんな味がするのか凄く気になっている。
ううー、ダメダメ! 今は、それよりも大事な事がある。集中しないと!
まずは、興行師ボム・キングに会わないといけない――あともしかしたら、レティシアさんもこの場所にいるかもしれない。そう考えると、タコヤキへの好奇心はなんとか心の底に、封印する事ができた。
再びダニエルさんが歩き出したので、私はアイシャに「美味しそうな食べ物をありがとう」って言って、微笑んだ。
そしてダニエルさんとビップ席へ向かい始めると、なぜかアイシャも私達の後を、てくてくとついてきた。買ってきた何かを口に入れて、頬張りながらも……
たまたま方向が一緒なのだろうか。それが気になって私は、何度かアイシャの方を振り返ってみると、買ってきた食べ物を沢山口に入れているせいか、彼女の両方の頬は栗鼠のように膨らんでいた。そんな彼女が可愛くて、笑ってしまう。
「モッチャモッチャ……ど、どうしはったんですか、テトラ。ゴクン……うちの顔に何かついてます?」
「ううん、そうじゃなくて。フフフ……」
「…………モッチャモッチャ…………ほえ……」
頬を膨らませながらも、眉間に皺を寄せるアイシャ。それが余計に可愛く見えた。
でもこのまま一緒に、ビップ席の方へついてきてもアイシャは……




