第730話 『ダニエル・コマネフ その6』
ダニエルさんは、私に少し待つように言うと馬車を一台手配した。馬車には御者の他に、何やら荷物も乗っている。
「さあ、テトラ。馬車に乗って」
ダニエルさんに背中を押されて、私は慌てて涯角槍をとりに戻ってから、馬車に乗り込んだ。続けてダニエルさんも乗り込む。
「え? え? ど、どこに行くんですか?」
「時間はあるのだろう?」
「それはありますけど、でも私にはやることが……」
「やる事とは『狼』を見つける事なのだろう。そして私はそれに協力すると言った」
「それって……」
「そうだ、これから他の十三商人のもとへ行く。その者が『狼』か調査に行こう。君にしてみれば、同時に私が『狼』であるかどうかも、そのまま目を光らせて調べる事ができるから両得だろう」
「りょ、両得って……少なくとも私は、ダニエルさんが『狼』ではないと信じています」
「ほほう、それは嬉しいな」
髪の毛は薄くなっていて、お腹も出ているダニエルさん。一見、盗賊の頭みたいな風貌に見える。だけど彼の眼には確かに覇気があり、強い意思も感じる。そしてその低くてダンディーな声は、とても魅力的だと思った。ダニエル・コマネフが『狼』ではないと、私は信じる。
「とりあえず、私が一番怪しいと思っている先程名をあげた3人の男。その一人のもとへ向かってみよう」
「そ、それは、ど、どなたですか?」
「興行師、ボム・キング。彼は確かに十三商人の一人ではあるが、金に汚く意地が悪い。他の商人達にも嫌われていて、唯一良好な取引関係を築いているのは、同じ十三商人のキラウだけだ」
興行師ボム・キング。そう言えば、そこにレティシアさんが潜入して調査してくれているはず。じゃあ、これからボム・キングのもとへ行くならレティシアさんに会えるかもしれない。胸が弾む。
「因みにボム・キングを選んだ理由は、彼が『狼』だとすれば納得できるという理由の他にもう一つある」
ダニエルさんはそう言って、御者に合図を送った。私達を乗せた馬車が、ボム・キングのもとへと走り出す。揺れる馬車。
「それはなんですか?」
「十三商人の中でも、会うだけなら一番会いやすいからだ。そして『狼』を炙り出す作戦にも一番いい」
「炙り出す作戦ですか」
「そうだ。テトラと共に行動をする仲間は、皆こっそりと調査を続けているのだろう。ありもしないベルベット家の伯爵令嬢だとか公言してな。はっはっはっは」
恥ずかしくなって、頭を摩る。
「炙り出し作戦は、とても危険だ。十三商人だけでなく色々な者から注目されるからな。しかしそうなればテトラのもとへ、その色々な者が接触を試みてくるだろう。そうすればきっと、その中に『狼』も紛れているだろうと私は思う。しかしこの作戦は危険が伴う。目立ってしまうからな」
「かまいません。それで『狼』に近づけるのならやります」
「そうか。それなら私は私で、私にできる事で精一杯、君をバックアップしよう」
「ありがとうございます、ダニエルさん」
「ボム・キングのいる場所までは、まだ少し時間がある。それまでよければ君の話を聞かせてくれないか」
「え? 私のですが!?」
「そうだ。自分が手を組む相手の事を、もう少しよく知っておきたい。そう思うのは至極当然の事だろう」
「ええ、確かにそうです」
ダニエルさんには、私がクラインベルト王国にあるフォクス村で生まれた話や、幼い頃にその村がドルガンド帝国に襲われた事などを話した。
私が話している間、ダニエルさんは「うん」とか「そうか」と短い言葉で相槌を打ち、私の話を真剣に聞いてくれた。
結局、到着するまで終始私の話だった。ダニエルさんは、でも自宅で奥さんと子供達を私に合わせてくれて話をしてくれた。ダニエルさんとっては、それだけで十分だったのかもしれない。
「よし、到着だ。テトラ、降りようか」
「は、はい。でもここは……」
馬車を降りると、とんでもなく人の行きかう場所だった。市場のようにごみごみとしている。人と物で溢れたエリア。そして至る所に人がいて、大声をあげているものや笑っている者、何か商売をしている者など様々だった。
私がシェルミーとファーレのお陰で、今朝まで宿泊していたホテルの周辺とは、かなり雰囲気が変わってしまっていると思った。だけどこういう場所の方が、なんとなく『狼』がいそうだとも思う。確証はなく、あくまでもそんな気がすると言うだけだけど。
ダニエルさんは、人をかき分け私の方に来ると、私の肩に手を伸ばした。
「こっちへ来るんだ、テトラ。気をつけろ、油断すると財布をすられるぞ」
「え? さ、財布をすられるって……ダニエルさん!!」
「さあこっちに来るんだ!」
腕を掴まれ引っ張られる。人混みから抜け出すと、ダニエルさんが向こうを指さした。
「あそこだ。あの大きなドーム状の建物。あそこにボム・キングはいる。この辺は、リベラルでも治安の悪い所だから、急いでいこう」
ここは治安が悪く、そして人が多く露店も沢山出ている。だからダニエルさんは、ボム・キングのいる場所までは馬車でいかずに、ここで降りて徒歩にしたのだ。
私はダニエルさんに手を握られ、そのまま引っ張ってもらって目的地まで連れて行ってもらった。




