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第73話 『宿帳』 (▼セシリアpart)






 驚くべきことに、宿屋には全部で4体もの死体が転がっていた。


 …………この人たちは、いったい何にやられたのか? いったいこの村で何が起こっているのだろうか? 


 ――――不安が過る。


 宿屋は2階建てで、2階部分には死体が見当たらなかった。だから、私達はそこへ荷物を運びこんで、一時的な拠点にする事にした。


 アーサーは、この尋常ではない事態に陥っているであろう村内を、調査して来ると言って宿から出ていってしまった。私達は、その間にテトラと二人だけで、ルーニ様の話をする事にした。ルーニ様の事は、アーサーには当然話す訳にも聞かれる訳にもいかない。話をするには、アーサーがいない今がいいと思った。


 ――――テトラが着替え終わったようだ。



「どう? 大丈夫?」


「…………はい」



 かなり、しょんぼりしている。だけどルーニ様の話は、しておかなければならない。そう思っていると、テトラの方から喋り始めた。



「この村に、ルーニ様は本当にいらっしゃるのでしょうか?」


「さあ、それは調べてみないと解らないわね。だけど、ルーニ様がこの村に連れてこられた事は、間違いないと思うわ」



 そう。そう思わないと、八方塞がりになってしまう。現状で、縋るものがスラム街のバーテンダーから仕入れたこの情報しかないのだから――――


 私は、自分のザックからナイフを何本か取り出した。



「えっ? えっ? セシリアさん、もしかして何処かに行くんですか?」


「ええ。一応、用心に越したことはないと思って。念の為、私達とルーニ様の事は、アーサーに知られない方がいい。だからアーサーが何処か調べに出ている間に、私は私でちょっと、ルーニ様の行方の手がかりがないか、調べて来るわ」


「ええええーー!! セシリアさん一人でって、そんなの危険ですよ!! この村、なんだか大変な事になっていますし!! だめ!! 私を一人にしないでー!!」



 泣いて、私の足元に縋りつくテトラ。


 あれ? ちょっと泣いているみたい。過去を克服して強くなったと思っていたのだけれど、どうやらオバケとか殺人鬼とかそちらの類は、全くダメみたいね。だけど……



「大丈夫よ、テトラ。ちょっと、下の階に行ってくるだけだから、すぐ戻ってくるわ。村はアーサーが調べているみたいだし、宿の外には出ないから。それにここは、宿屋だからルーニ様がもしもこの村に来ているのなら、ここへ来たという可能性が極めて高いと思うわ」


「ううううーー」


「下の階を見てくるだけだから、ぜんぜん大丈夫よ。それに直に、アーサーも戻ってくるだろうから心配ないわ」


「セシリアさんに、何かあったらどうするんですかー!!」


「だからこの宿の1階を見てくるだけだから大丈夫だってば。大丈夫。一応、武器も持ったし、念のためスクロールとポーションも持っていくから。何かあったら、2階へ聞こえる位の声で叫ぶし、何かと遭遇しても、戦わずにすぐにここへ逃げ戻ってくるわ」


「ええええー!! だだだだってえ、ここの宿の1階に死体があるんですよ!! ――――4人も!! それって、この宿で何か大変な事が起きたって事ですよね? 王国に連絡して、騎士団を派遣してもらった方が…………」


「私たちにそんな事をしている余裕はないわ。一刻も早く、ルーニ様をお救いしなくては、ならないのだから。それに何度も言っているけれど、ちょっと1階へ行ってくるだけだから。それで何も見つからない時は、アーサーが戻るのを待ってから、全員で一緒に行動して村内を調査しましょう」



 ルーニ様の名前を出すと、テトラはしゅんとして大人しくなった。



「手がかりを見つけて、すぐ帰って来るわ。心配しないで」


「…………はい。でも何かあったら、大声で叫んでくださいね。私も何かあったら、大声でセシリアさんを呼びますから」


「ええ」



 私は短く返事をすると、宿屋の一階へ降りた。まず最初に調べてみたかった物が、実はここにある。フロントにあるだろう宿帳だ。当たり前の事なのだけれど、宿屋には必ずこれが置いてある。ルーニ様は、複数の男達に加えてシャノンと一緒にいたはず。そして、この村へやってきていれば当然、宿屋に宿泊した可能性は高い。だから宿帳に、シャノンの名前かもしくは、団体様での宿泊があれば有力な手がかりになると思った。



 ――――1階へ降りる。フロントへ。



 カウンター裏側に回る。惨たらしい姿になって横たわっている死体を避けながら、宿帳を調べた。手に取って1枚1枚とページをめくる。



「やっぱりね。手がかりがあったわ。ララン・フォート。これね」



 ララン・フォート――――間違えない。これだと思った。記入した名前は、偽名を使っている。そして、ラランと言う名前から女性だと思われる。日付は、ルーニ様が攫われた日。泊り客の人数は6人。


 ――――確信した。ララン・フォートと名乗っているが、この女がシャノンだ。更に記載された内容に目を通していく。



「…………部屋は、105号室、106号室の二部屋を借りている。もしかしたら、何か残っているかもしれないわね」



 私は、シャノン達が泊まっていただろう部屋を調べにいく事にした。そこへいく為には、フロントから1階廊下へ移動する必要がある。


 廊下の途中には、フロントにあった死体とはまた別の死体が3体転がっていた。あまり見ないようにして、避けるように部屋へ向かう。部屋の辺りまで来ると、順に二つの部屋を調べた。家具の隙間や花瓶の中などあらゆる場所を、入念に調べる。考えられる所全てを注意深く目と指先で探る。


 結果、105号室では、気になる物を何も見つける事ができなかったが、106号室では、なんと有力な手掛かりを見つける事ができた。


 部屋のテーブルに備えつけられてあるメモ帳の後ろの方のページが、雑に破り取られていたのだ。私は、はっとした。再び、部屋の隅から隅まで調べなおす。


 すると、ベッドとマットレスの間に、紙切れが挟まっているのを発見した。被られた紙切れ…………それに赤い文字が記されている。



「うっ……!! これは!!」



 ダメ!! ダメよ!! 今は、泣いている場合じゃないわ。泣くのは、後よ。


 私は、その破れた紙きれを見て、ここで何があったのかを悟った。


 ルーニ様は、確かにシャノン達とこの部屋にいた。ルーニ様はこの部屋で拘束されていたに違いない。だけど、きっと自分を探しに来るものが必ずいると信じて、諦めなかった。だから、助けに来てくれているだろう者に対して、メッセージを残したのだ。苦肉のメッセージを。


 テーブルのメモ帳は、使用した事をシャノン達に気づかれないように下の方を破って入手し、メッセージを書いた文字は、自分の血を使って書いている。恐らく、ペンを手に入れられなかったルーニ様は、何かで自分を傷つけて、それで血文字を書いてメッセージを残された。



「うぐ……ぐっ……」



 ルーニ様の決して諦めない心と、勇気と知恵を振り絞った行動。想像するだけでも、心が熱くなる…………



「早く!! 早くルーニ様をお救いしないと!!」



 私は、再び心にそう誓った。2階で待つ、テトラにも早くこの事を伝えないと――――そう思いながら、急ぎ気味で部屋を出ようと扉のノブを捻って廊下へ出た。



 ガルウウウウウウ…………



 すると、近くで獣の唸り声がした。振り向くと、そこには割れた窓から狼人間――――ウェアウルフが、屋内へ侵入してきていた。


 目が合った。ウェアウルフの目は、狂気を帯びていて、口からはダラダラとよだれが糸を引いて垂れている。その様子から、私の事を獲物と認識している事が解った。

 

 背筋に冷たい汗が流れる。私は、すぐにテトラのいる2階へと走った。しかし、その私の後方からは、恐ろしいまでの殺気を放った何かが唸り声をあげながら、猛烈な勢いで迫ってくる気配を感じた。

 









――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇ウェアウルフ 種別:魔物

ワーウルフとも呼ぶ。人型の狼の魔物。狼のように、鋭い牙と爪を武器としているのでゴブリンやオークなどのようにあまり剣や棍棒などといった武器には頼らない。身体能力もすさまじく2階位の高さなら跳躍できる。足も速くて、狙った獲物を逃がさない、集団で行動するウェアウルフは、時折人間の住む村を見つけては村ごと襲う。しかし、兵士のいる砦や街などは脅威と認識しているのか襲わない。頭もまわるようだ。獣人に似ているが獣人ではなく、あくまでも分類上は魔物。


〇回復ポーション 種別:アイテム

セシリアの持っていたのは、回復ポーション。グレードがあり、いいものになれば飲む事で瞬時に身体の傷を癒すことができるが、効果はピンキリ。もちろんいいものは、高価。街に行けば売っているが上質なものは薬屋で販売している。回復以外にも毒や麻痺などに効果のあるものもあり、魔力を回復させるものもある。冒険者なら、何かあった時の御守りとして携帯しておきたい。一般的には、専用の小瓶に入れられて売っている。飲む事ができない場合、直接傷にかけても効果はある。


〇ルーニの残したメモ 種別:アイテム

助けが来ると信じて、決して諦めないルーニがなんとか残した手がかり。彼女自身の血で書かれており、その気持ちの強さがうかがえる。アテナにしてもモニカにしても、ティアナ前王妃やエスメラルダ王妃にしても、クラインベルト王家の女たちは強い。




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