第727話 『ダニエル・コマネフ その3』
ダニエル・コマネフが、『狼』なのではないのか。本当のところはまだ解らない。だけど私には、確証はないけれど、実際彼に会ってこうして対面してみて、そうではないのではと思った。だから探り合いなど苦手な私は、あえて単刀直入にそれを本人に聞いた。
するとダニエル・コマネフは、大好きな葉巻を味わいながらも質問を返してきた。
「実は私も、いくらか気になっている事があってね。それをまず聞きたい。今日はてっきりセシリア嬢が来られると思っていたのだが……それはいいだろう。もともとこちらから、今日は誘った事だからな。どうだ?」
「わ、私も答えられる事とそうでない事があります。それでよければ」
ダニエル・コマネフは、咥えていた葉巻を口元から離すとフーーーっと大量の煙を吐いた。
「では答えなくてもいい。だがテトラ。いい事を教えてやろう。私から有力な情報を引き出したいのなら、まずは私にとって信用足りえる人物になる事だ。そう、私の取り扱っているアーマーのようにな」
私の心を見透かしているような目で、見つめる。
「な、なんでしょうか?」
「今、言った事を踏まえてしっかりと誠意をもって答えてもらいたい。私はそれで、このアーマー屋の仕事を成功させてきた。それでは、まず初めに聞くが……君達はいったい何者なのだ?」
「そそそ、それはですから……」
「おっと、気をつけるんだ。今、私が言った事を思いだしてくれ。ここで選択を間違えると、楽しいお喋りはここで終わりとなる」
ダニエル・コマネフの厳しい目。そして急に、後ろの扉が開く音が聞こえた。私はダニエル・コマネフの手下が私を不審に思い、私を拘束させると思い、咄嗟に涯角槍に手を伸ばした。
しかし開いた扉からは、メイドがお替りのアイスティーと、お皿に美味しそうなクッキーを乗せて私達のいるテーブルへと運んできただけだった。
やってしまった。そう思った。恐る恐る見上げるようにダニエル・コマネフの顔を覗き込むと、彼はしっかりと涯角槍を掴もうとした私の手を捕えていた。そして、とても厳しい表情で私を見つめていた。
「いいか、テトラ。チャンスは一回だぞ。私の商品はアーマーだ。アーマーとは、防具だ。つまり装備する者の身を守る大切な防具なのだ。それは、優秀な耐久力や防御力が不可欠となる。それこそが、多くの客が私のアーマーを求める理由。つまりそれは何か解るか?」
「し、信用ですか?」
厳しい表情をしていたダニエル・コマネフの顔がいくらか、柔らかさを取り戻す。
「そうだ、信用だ。商人にとって利益と同じく大切な物。アーマーにも、人と人にも大切なもの。それをしっかりと考えて、答えて欲しい。もう一度聞く、君達はいったい何者だ?」
「…………」
「大丈夫だ。この屋敷には、私達の他に使用人しかいない」
セシリアに怒られるかもしれない。ううん、きっと怒られる。だけど今回は、自分の直感に従う事にする。
「……実は私は、この交易都市リベラルに潜伏しているという、巨大犯罪組織『闇夜の群狼』の幹部を見つけにやってきました」
「ほう、なるほど。随分と大層だな。それはなぜだ? もしかして『闇夜の群狼』への入団を望んでいる?」
ちらりとダニエル・コマネフの表情を覗き込む。読めない。彼がどう考えているのかとても読めなかった。だけど彼にとっても、大切な事を聞いてきている。そんな感じがした。
「コマネフさんにも、質問を答えてもらっていません」
「ほう、どんな?」
「ダニエル・コマネフさんは、『闇夜の群狼』の幹部なのですか? 既にリベラル十三商人の一人が、その幹部ではないかという事は解っています」
十三人商人の一人が、幹部。それを聞いてダニエル・コマネフはここへきて初めて動揺した顔を見せた。でも直ぐに平静を装い、葉巻を咥えた。
「言っても信じるかどうか。しかしその質問に答えるなら、断言しよう。ノーだ。私は『闇夜の群狼』はおろか、盗賊団などに属した事は一度としてない」
「手を貸した事はありますか?」
「それは解らない。今や私の商品は、この街の何処にでも並び、誰にでも販売している。交易都市の外へも流通しているんだ。それで私のアーマーが盗賊の手に渡っていたら、私は奴らに手を貸した事になるだろうか。それは考え様々だろう。さて、今度はこちらの番だ、テトラ。君達は『闇夜の群狼』の幹部に会ってどうする? 入団が目的なのか? それともリッカーと話していたように、手を結びたいのか?」
セシリアとシェルミーの作戦。それは、『闇夜の群狼』と利益のために手を結びたい、提携したいというような事を言って近づいて、『狼』が誰か炙り出すというものだった。リッカーにもそれで近づいた。
だけどダニエル・コマネフは、正直に話せという。私は、とても悩んだけれど決断した。
「それは……私の住む国、クラインベルト王国やこのメルクト共和国、交易都市リベラルを悪の手から救う為です。私は、この国で混乱を巻き起こしている『闇夜の群労』の幹部――私達は『狼』と呼んでいますが、その者を倒しにやってきました」
「なるほど、理解した。それでセシリア嬢……いや、クラインベルト王国王宮メイドのセシリア・ベルベットや、『青い薔薇の騎士団』団長のローザ・ディフェインとこのリベラルにやってきた訳か。辻褄が会ったな」
!!!!
全て知られてしまっている。私達の素性は、全てこのダニエル・コマネフに知られてしまっていると思った。
ダニエル・コマネフの顔を伺うと、彼は軽く笑った。そしてまた煙を吐き出した。




