第724話 『イーサンとミルト』
シャノンを護送していた男達が戻ってくると、私とシャノンの再会を、遠くから見守ってくれていたイーサン・ローグに頭を下げた。馬車が出発する。
護送している男達に、行先を聞けば怪しまれる。でも聞き出さないと、シャノンが何処へ向かおうとしているのか解らない。そう思って思案していると、イーサン・ローグが話しかけてきた。
「き、君はシャノンを助けたいのかい?」
見透かされている。ううん、距離は離れていたけど、声を荒げてしまった場面もあったし、話を一部聞かれてしまったのかもしれないと思った。
「シャノンは私の友人なんです」
「そ、そうか。それじゃ、ぼ、僕がなんとかしてみようか」
「え? なんとできるんですか!?」
「わ、解らない。だけど、ぼ、僕はこう見えてもリベラル十三商人の一人だからね。そ、それなりに力も、も、持っているから。で、でもどうなるかは解らない。約束はできないけれど、それでも君が望むなら」
「ほ、本当ですか!! ありがとうございます! 是非、お願いします、ローグさん!」
思わぬ申し出に、イーサン・ローグの右手を掴んでぎゅっと握ってしまった。彼の顔は、たちまち真っ赤になった。
「ご、ごごご、ごめんなさい!! わ、私!!」
「いいいい、いい、いいんだ!! いいんだ!!」
緊張したり、慌ててしまうと頭の中が真っ白になって上手く喋れなくなる事がある。私の場合も、緊張であったり恐怖だったりするんだけれど、彼も同じようになるし、少し似ているなと思って可笑しくなってクスリと笑ってしまった。すると、彼もそう思っていたのか同じように笑う。
「ちょっといいかい、君達!」
唐突に間に入ってきたのは、ミルトだった。
「え? ミルト!」
「やっと追い付いた。テトラちゃん、どうやら無事みたいで良かった。それと……抜け駆けは禁止だよ、イーサン」
「ぬぬぬぬ、抜け駆けってぬけぬけぬけ……!!」
「ほら、見たまえ。動揺している。テトラちゃんを狙っているのは、何も君だけではないからね。僕だっていいと思っているんだから……って本人を前にしてすまないね。はははは」
流石にこんな私でも気づいた。わざと……
私はこれまで人に、あまり好かれた事がない。だからミルトと、イーサン・ローグ。二人にこんなにも親切にされてしまって、動揺していた。こういうのを、ちやほやされているというのだろうか。解らないけれど、なんだか顔も胸も熱くなる。
ひょっとすると、恥ずかしいとかそういう気持ちに近いかもしれない。
ミルトは、私の方を振り向くとにっこりと爽やかに微笑んだ。
「それじゃ今から、イーサンと共にテトラちゃんのご友人を乗せた馬車を追って行き、話をつけてきます。えっと、そのお友達のお名前は……」
「シャノンです。以前、私と同じくクラインベルト王国の王宮メイドをしていました」
私の言葉に二人は、目を丸くする。あれ、私何か言ってはいけないことでも言った? そんな事は言っていないと思うけれど……ミルトとイーサン・ローグは、顔を合わせる。そしてミルトが言った。
「テトラちゃんは、セシリア嬢の……ベルベット家で働いているんだよね。もしかしてその前に、王宮で働いていたって事かい?」
あっ!!
そうだった。そういう役を演じている事をすっかりと忘れていた。セシリアはベルベット家の令嬢で、私やローザやシェルミーは、そのセシリアに仕えているんだった。
リベラルに潜んでいる『狼』の情報を引き出す為に、有力者に接触する。その為に、そういう設定でいた方が有利に色々な事を引き出せるからと、演じていたけれど……あまり嘘をついたり、お喋りが得意でない私は、この嘘をかなり窮屈に感じていた。だから、こんな所でぼろが出てしまった。
言ってしまいたい。本当の事を言ってしまえばすっきりするし、楽になる。だけど勝手にそんな事をすれな、きっとセシリアに怒られる。ローザは笑って許してくれるかもしれないけれど、セシリアには絶対色々と言われる。ううーーー、どうしよう。
俯いて唸っていた私は、そのままゆっくりと顔をあげて、少し上目遣いでミルトにそうですと答えた。
「それじゃ、どうしようか。できれば僕が――この僕が――この交易都市リベラルを、ここまで大きく育てたと言っても過言ではない、このスーパーコンサルタントのミルト・クオーンがテトラちゃんを、ダニエルの所まで案内したかったんだけど……大切な友達を助けるなら、僕はイーサンと共にそちらに向かった方が、より確実でいいだろう。そういう事だよね」
「はい、お願いします。でも、私も一緒に行くべきなので」
心の中でセシリア達に謝る。『狼』を叩く事も大切だけど、シャノンも放ってはおけない。でもイーサン・ローグは、顔を横へ振った。
「い、いい。僕達だけでいい。シャ、シャノンを助けたいのなら、す、少しでもその確率を高めたいのなら、ぼ、僕達だけの方がいい。こ、交渉を有利に、進められる」
「でも……」
「シャ、シャノンを助けたければ、ぼ、僕達に任せてほしい」
「……ありがとうございます。それでは、シャノンの事はお願いしてもよろしいですか?」
頷く二人。この二人なら、きっと助けてくれるし、助ける力も持っている。私は二人にシャノンの事を任せて、既に会いに行くと約束を交わしているダニエル・コマネフの屋敷へと向かう事にした。
場所は、ミルトとイーサン・ローグが詳しく教えてくれた。しかもわりかし、解りやすい場所にあるとの事だった。
それにしても――色々とあった。ダニエル・コマネフに会いに行こうとしたら、ミルトが追い掛けてきて、それから雪崩のようにアクシデントがあったなと思う。中でもやっぱりシャノンとの再会が、一番驚いたけれど……
一瞬、覆面女剣士もどうなっただろうと思った。橋でいきなり目をつけられて襲い掛かってきた『デビルウォーズ』という賊や、巨漢バズ・バッカス。それらを全て、彼女と彼女が先生と呼ぶ男に押し付けてきてしまった。ここから見る限りじゃ、もう彼女達の姿はなさそう。
私は溜息を一つ吐くと、ミルトとイーサン・ローグに教えてもらったダニエル・コマネフの住まいへと歩き出した。
ダニエル・コマネフ。彼はアーマーを専門に売っている商人で、自分の事をアーマー屋だと名乗っている。そしてミルトやイーサン・ローグ、リッカーなどと同じリベラル十三商人の一人だ。リッカーの住処で彼にもあったけれど、彼は見た目に反してとても温和そうだった。
だけど彼が『狼』でないという証拠もない。




