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第722話 『友達 その1』



 イーサン・ローグは、懐からズシっとした革袋を取り出すと、それをシャノンの護送をしていた男に渡した。中身がお金だとしたら、かなりの金額。


 しかし、渡すときに鳴ると思っていたジャラっというような金属音はしない。これには、男も首を傾げた。更にシャノンの護送についている、他の男達も集まってくる。



「ロ、ローグさん。これはいったいなんなんですか?」


「そ、それはね。ぼ、僕の店で取り扱っている薬の調合に使用している、や、薬草だよ」


「や、薬草ですか……」


「そ、それを君達に、プ、プレゼントしたいんだ。そ、それで、も、ものは相談なんだけど、こ、こちらの子の頼みを聞いてあげて欲しい。その護送している友人と、か、会話をさせてやって欲しい。いいかな?」


「え? ええ、まあローグさんがそうおっしゃるんでしたらいいですが……」


「そうだな、どちらにしても俺達、ちょっとここで休憩をしていたしな。その間なら別に大丈夫です。でも……」



 男達の一人がそう言って、私の差し出すはずだった銀貨の入った袋に目をやった。イーサン・ローグも、それに気づいて話を続ける。



「そ、その僕の薬草は、か、かなり上質なものだからね。そのまま使用しても、い、いいものだし、何処かで売っても、な、なかなかの値段で売れると、お、思うよ」


「そ、そうなんですか?」


「あ、あなた方だって、罪人を捕まえて護送するっていう、り、立派な仕事をされているでしょうし、ま、まさか賄賂を受け取るような事はしないでしょうし、できないでしょうから……せめてこの当店自慢の薬草でもと思いまして」


「そ、そうですか。それはそれは……」



 明らかに困惑している男達。きっと、お金をはずんでもらえると思っているのだろう。だけどまさか十三商人を相手に男達の方から、賄賂を要求するような事はできないだろうし困っている。すると男達の一人が言った。



「ま、まことに失礼なのですが、これは本当に高価な薬草なのですか?」


「ええ、も、もちろんです。ぼ、僕はリベラル十三商人ですよ。どうやって、この地位まで上がってきたと思われますか? ぼ、僕は薬屋です。ゆえに取り扱う薬草も、い、一級品なのです。そ、その差し上げた薬草も、き、貴重なものなんですよ」


「そ、そうですか。それならこれは、ありがたく頂きます」


「ええ、お役目の途中、怪我などした場合に、是非ご使用ください」


「はあ、ありがとうございます。それじゃ、俺達はもう少し向こうで休んでいますんで……そこの踊り子の女!」


「は、はい!」


「手早く済ませろ。それと、ローグさんに感謝しろ」


「は、はい! ありがとうございます!」



 男達はそう言って橋の下の方へ歩いていくと、思い思いに煙草を吹かしたりし始めた。私は、シャノンと会話できるチャンスを与えてくれたイーサン・ローグにお礼を言った。



「あ、ありがとうございます!! ローグさん」


「あ、ああ。いいよいいよ。リッカーの所で会った時に、き、君の事は気になっていたんだ。名前は……」


「テトラ・ナインテールといいます」


「テトラ・ナインテール……か、可愛らしくて、い、いい名前だね。それじゃ、あの男達がいつまで待ってくれるか解らないから、シャノンと話した方がいい」


「え? は、はい! ありがとうございます。それじゃ」



 私はイーサン・ローグにもう一度頭を下げると、急いでシャノンのいる馬車まで駆けていく。そして馬車に乗り込むと、シャノンの入れられている檻と向き合った。


 シャノンは、あのトゥターン砦で戦った時……ううん、ルーニ様を誘拐してクラインベルトの王都を出た時と同じ、王宮メイド服のままだった。



「シャノン……」


「アハハハ、裏切り者の私と喋るだけで、随分と大層な事なのね。陛下だってそうだわ。いくら私がルーニ様を誘拐したからって、別に私が首謀者ではないのに。私なんてスラムで育った単なるクズ……懸賞金なんて賭ける価値もないのに」


「シャノン……なぜ、あなたはルーニ様を攫ったのですか。ルーニ様やモニカ様、それにアテナ様は私達にとてもお優しい方々でした。恩を仇で返すなんて、信じられません」



 シャノンはこちらを向くと、顔を近づけてきた。そして私の顔にいきなり唾を吐きかけた。



「ぺっ!! もうあっちへ行け!! ルーニ様達が私達にお優しいのは、憐れんでおられるからだ。同情されてるからだ。私はスラム育ちでクズだ。だけどこのままクズのまま、人間のクズのまま負け犬のままで人生を負えるなんて私にはできないんだよ!! 今、私達を見下している奴らと立場を入れ替えるには、そいつらの足元をすくってやって、そいつらから全てを奪って人生を逆転させるしかないんだよ!!」


「言っている意味がわかりません! 私達は大切にされていました。クズってなんですか、立場ってなんですか? クズなんてこの世にはいませんし、立場だって人それぞれ違うのは当たり前じゃないですか!! あうっ!! 痛いっ!!」



 少しムキになってしまった所を、シャノンに胸倉を掴まれて引っ張られた。私とシャノンの間を隔てている木製の格子に身体がぶつかる。



「おい、お漏らしテトラ!! もしかして、この私にそんな事をわざわざ言いにやってきたのか? だとしたら……お前こそ許せない……」



 シャノンがスラム育ちで、今まで苦労してきた事を知っている。だけど私だって……私だってフォクス村で皆に……


 それが言葉に出そうになったけど、私はあえて口には出さなかった。今はシャノンの事を……シャノンと話しているのだから。


 私の胸倉を掴んだシャノンの腕を右手で掴む。そして力を加えると、シャノンは痛そうな顔をして腕を自分の方へとひっこめた。



「シャノン。あなたは、このままクラインベルト王国へ連れ戻されたらきっと処刑される」


「そうだ、私は間違いなく処刑される。アハハ。なんだ? もしかして、お前を裏切ってルーニ様を誘拐し、トゥターン砦ではお前を殺そうとした私を救ってくれるのか? アハハ、それはあり得ないだろ」


「ううん、あり得ます」


「え?」


「私はシャノンに死んでほしくない。それが正直な私の感想です」



 私にはこの交易都市リベラルで、メルクト共和国を混乱に陥れ乗っ取ろうとしている『狼』を探し出して、倒す使命がある。だけどそれをやり遂げなくてはいけないっていう気持ちと同じくらいに、シャノンにも死んでほしくないと思った。


 彼女が私をどう思っていたとか、裏切ったとかそういうのはもう……


 ただ、私達二人がまだ王宮メイドであった頃、少なくとも私は彼女の事を友達だと思っていた。私にとってそれは、とても大事な気持ちだと思った。

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