第720話 『女剣士 その4』
もう一度、倒すしかない。
私と女剣士は、同時にバズ・バッカスに攻撃を仕掛けた。2対1。するとバズ・バッカスは、愛用の大きな槍を手に持つと、それで私達二人の攻撃を防いでみせた。
「ガッハッハッハ!! 甘い甘い、確かにおめえらは、娘とは思えないくらいに強いが、それでもこの俺様と勝負するとなるとあまいな。二人がかりでも、攻撃が綺麗すぎる。特に金髪の方はな」
「なんだと!? 貴様、私の何処があまいのか、説明してもらおうか!!」
「駄目です!! そんなむやみやたらに打ち込んじゃ!!」
この女剣士は間違いなく強い。私が簡単に勝てない程の強さ。でもバズ・バッカスの言葉は、彼女の痛い所を射貫いていた。そう、彼女の剣術は美しく洗練されている。だけど汚さというか姑息さというか、そういうのが一切ないのだ。
剣士同士の真剣勝負、正々堂々とした戦いにおいてや公式の武術大会のような場であれば、彼女の強さは何処までも輝けるかもしれない。だけどこれは、街での乱闘。しかも相手は、山賊団のボス。綺麗な剣術だけでは、不利なのは明白だった。
むきになってバズ・バッカスに剣を連続で打ち込む女剣士。私も加勢しようとすると、女剣士はこちらをチラリと見て、制した。
「私の剣があまいかどうか、もう一度そのでかい図体に問いただしてみるといい。もう一度、地獄を味わえ!! 唸れ!! 雷鳴剣!!」
女剣士の剣が激しく光り輝き、放電を始める。しかしバズ・バッカスの表情には笑み。
「くらええええ!!」
バリバリバリバリッ!!
女剣士の剣から雷が迸り、先程と同じようにバズ・バッカスの身体に直撃した。身体中に電気を帯びるバズ・バッカス。同じように、黒焦げになる。しかし、彼はまったく動ずることもなくニタリと笑い、女剣士に槍で反撃した。
女剣士は驚いて一瞬硬直してしまったが、あわやという所をバク転で攻撃を回避して体勢を整えた。
「ば、馬鹿な!! 雷鳴剣がきかないだと!? さ、さっきは効いていたはず!! なのに、どうして!!」
「やっぱりあめえな、おめえら。いいか、よく聞け。この俺様は、そんじょそこらの盗賊団の頭領とは違うんだ。最強で最凶、そして最恐の外道山賊団の頭領、截天夜叉のバズ・バッカス様だ!! いくらおめえのその雷の剣の威力が凄まじいからって、俺様にしちゃ大した事ねえ。さっきは、そんな攻撃来るとは思ってなかったんで、真面に喰らっちまったがな。予め来ると解ってりゃ、それなりに耐えられるってもんだ!!」
な、なんて男だろう、バズ・バッカス。とんでもない強敵だと思った。私も女剣士も脅威を感じている。
「くっ! まさか……」
「落ち着いてください!! 二人でかかれば、なんとかなります!! ここは協力して……」
女剣士と共闘すれば――そう言った刹那、バズ・バッカスはその巨体から、想像もできない速さで距離を詰めて、槍を持つ手とは逆の手で女剣士の胸倉を掴み、彼女を地面に叩きつけた。衝撃で、石畳に亀裂が入る。
「ぐはあは!!」
「ウワッハッハッハ!! さあどうする? 命乞いでもしてみるか? 山賊にそれが通じるかどうか、そりゃ俺様にだって解らねが、試してみる価値はあるぜえ。いいか、俺様の機嫌を損なわないように、命乞いしろよ。そうすれば、助かるかもしれんぞ」
「くっ!! 誰が貴様のような賊に!! 殺すならさっさと私を殺すがいい。くっ、殺せ!!」
バズ・バッカスに胸倉を掴まれ地面に押し倒された女剣士は、彼の腕を両手で掴み睨みつけて言った。私は涯角槍を強く握り、彼女を助け出す為に尻尾の力を解放しようとした。するとその時、向こうから何十人もの男達がこちらに向かって駆けてくる。手には武器。
「いたぞーーー!! 捕まえろ!! 捕まえてなぶり殺しだ!!」
「女もバズ・バッカスもぶっ殺せ!!」
シャノンを追っている時に、橋でからんできた『デビルウォーズ』という盗賊団だった。これにはバズ・バッカスもどうしようかと考える。その隙をついて、誰かがバズ・バッカスの巨体に跳び蹴りを入れて吹っ飛ばした。
「ぶへええ!! くそ、なんだいったい!!」
「危機一髪!! 大丈夫か、助けにきたぞ!」
見ると覆面の男が立っていた。声や僅かに見える目元などから老齢である事は解る。そして知っている。彼は、私がモロロント山でこの女剣士と同じく戦った男。女剣士は、彼の事を確か……先生と呼んでいた。
「せ、先生!!」
「待ち合わせにこんから、また何か面倒ごとに巻き込まれているのではと思ってきてみたら……なんともはや。この男は、截天夜叉バズ・バッカス。それにこっちの踊り子の娘は、ビルグリーノに味方していた獣人の槍使いのメイド。そして向こうからは、鬼の形相でこちらに向かってくるゴロツキ共。いったい何に首を突っ込んだ?」
「先生、訳は後で説明する。今は手を貸してくれ。この通りだ」
「ふむ、よかろう。それでは、儂がバズ・バッカスの相手をする。お前はその獣人の相手をしろ。素早く打ち倒して、あのゴロツキ共に囲まれるまでに立ち去ろう。三十六計逃げるに如かずじゃ!!」
「待って、先生! その獣人の娘は、今は敵ではない。手を出さないで欲しい」
「ふむ、何か訳ありか。解った、それじゃ一気にバズ・バッカスを叩いて逃げ去るのみ」
「いや、あのゴロツキ共も打ち倒していこう、ついでだ。だから……」
「テトラ! テトラ・ナインテールです!!」
「テトラ、先に行け。友人がその先の橋で待っているんだろ? 大事な人なら、会ってこい」
「……ありがとうございます」
溜息をつく先生。私が頭を下げると、女剣士と先生は同時にバズ・バッカスに斬りかかった。私は二人に何度も心の中でお礼を言いながら、シャノンが乗っている馬車へ向けて走り出した。
やっぱり……やっぱり、彼女は『闇夜の群狼』じゃない。ビルグリーノさんも、マルゼレータさんも大きな勘違いをしている。
でもそうなると、モロロント山で戦った他の人達、巨漢ホルヘットやレティシアさんが倒した双子の姉妹もそうではないのだろうかと疑問が生まれる。
でも今はとりあえず、シャノンに会って話す事だけを考えようと思った。この件については、その後にセシリアやローザと相談すればいい。




