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第719話 『女剣士 その3』



 私はよろよろと起き上がると、涯角槍(がいかくそう)を杖代わりにして立ち上がった。まだ身体全体が痺れているような感じがして、痛みもある。そんな私に対し、覆面女剣士は再び剣を構えた。



「いいですか……」


「なんだ、覚悟ならとうにできている。自分が倒される覚悟も、相手を倒す覚悟もな。因みに相手を倒す覚悟というのは、戦いの先に相手を殺める事になってしまったとしても、決して後悔はしないという意味だ」



 なんとなくこの覆面女剣士、やっぱりどことなくローザに似ている。正義感の強そうな所や、芯が強そうな所。剣士である所もそうかもしれない。だからどう見ても、悪人には見えない。



「違います。私が言いたいのは、私は賊ではないという事です」


「ほう、それを信じろと?」


「はい、信じてください。あなたと戦う事になったのは、私がビルグリーノさん達の助っ人だからです。それにお互いに、大きな勘違いをしています。ビルグリーノさん達は昔、盗賊団だったようですが、今はメルクト共和国を救う為にレジスタンスとして活動しています!」


「…………」


「本当です、私達に悪意が無いことは信じてください。その代わり、あなたの事も信じます」


「信じるとは何をだ?」


「あなたは、『闇夜の群狼(やみよのぐんろう)』どころか、盗賊ですらない。私達と同じくメルクト共和国を救う為に立ち上がったレジスタンスではないですか。もしそうなら、私達はお互いに大きな誤解をして、ぶつかり合っている」



 明らかに私の言葉に耳を傾ける覆面女剣士。こちらに向けていた剣をスっと下ろすと、私の目をじっと見つめた。そして、溜息を吐いた。



「私には、真実は解らない」


「え?」


「本当にお前は、私の敵ではないのかもしれない。いや、敵でなかったとしても、嘘偽りを吐いているようには見えない」


「それじゃ……」


「だが真実は解らない。私が味方しているグリエルモが間違っているのかもしれないし、君が信じているビルグリーノが間違っているのかも。もしくは、君が言うようにお互いが間違えているのかもしれないな」



 覆面女剣士は先程までの荒々しい口調から一転して、落ち着いた穏やかな口調でそう言った。そして顔を覆っている覆面を外して素顔を晒した。


 覆面女剣士の正体――それは、はっとするような美女だった。碧眼。髪は金髪でポニーテール。でも長くて、結った髪が腰の辺りまであった。


 まさか今まで敵対して戦ってきたあの覆面女剣士の正体が、こんな綺麗な人だったなんて……一瞬言葉を失う位に驚いてしまう。それと同時に、やはりこの人は悪人じゃないと思った。


 女剣士は、右手をこちらに差し出してきた。



「君とは、まだ敵対関係にある。今回は身を引くが次にあった時は、斬り捨てる事もやむ負えない。私は忠義に生きる者だ。グリエルモを助けると決めた以上、彼が間違いを犯しているとしても、それに関する確かな証拠がない以上は、私の剣は彼の為にふるう事にする」



 差し出してきた彼女の手を掴んだ。やわらかい女の子の手。こうしてちゃんと見ると、歳も私やセシリアとそれ程変わらないように見える。



「今回は身を引いてくれるという事は、私の言っている事は信じてくれるんですね」


「信じよう。君と私は敵対関係に相違ないが、君の事は信じよう。我が剣に誓って」



 我が剣に誓って……ますますローザに似て……ううん、違う。ローザに似ているかもって思ったけれど、ローザよりももっとこう……まるで騎士のよう。


 ローザも列記としたクラインベルト王国の騎士団団長だけど、どこかフレンドリーでフランクな所もある。


 上手く言えないけれど、この子はもっとローザよりも騎士って感じがした。


 忠義や誓い、剣というワード。立ち振る舞いもそうだけど、そういった言葉がより彼女が騎士らしい騎士であるのではないかと思える要素になった。だけど解らない。


 そういう騎士道精神にあふれた、剣士なのかもしれない。剣術を極めし剣豪はこういう立ち振る舞いや言葉を使用する者も多くいると聞く。


 私はもう一歩、踏み出してみることにした。



「それじゃ、私は行くとする。君も何か慌てている様子、用事があったのだろう? 次に会う時は、また剣を交える事になると思うが、それは覚悟してくれ。私にも曲げられないものがある」


「あ、あの……」


「なんだ? まだ何かようか。君は先程まで馬車を追っていただろう。友達が馬車にいると言っていたが、急がないと見失ってしまうのではないか。それにあれは、囚人用……いや、私の知る所ではないか。それで、要件はなんだ?」


「敵同士で再び対峙する事は、各々の立場と事情、それにお互いに信じている事があるから仕方がないと思います。だけどそうでない時、また会って頂けないでしょうか?」



 立ち去ろうとしていた女剣士は、ピタリと足を止める。そして私を見つめた。



「お互いに有益な、情報交換という訳か?」


「ちちち、違います! あ、あの、またその……あなたの使用している武術について、剣術について色々とお話ができたらなって……駄目ですか?」



 私の言葉に明らかに驚く彼女。でも直ぐに微笑んでくれた。彼女のその微笑みが、彼女の美しさと重なって、一瞬女神様のように見えた。



「ハハハハ、これは意外だな。メイドなのか、踊り子なのか解らなかったが、君は武芸者か。武術が好きなのか」


「はい! だから、もっとお話しができたらって。本当の事を言うと、あなたと戦っているととても奇妙な事に楽しさを感じて……だからまた良ければ、武術などに関して話ができればって」


「いいだろう。これは内緒なのだが、私も実は剣術が大好きなんだ。今度、時期をみて一緒にそれについて語りあかそう」



 こんな冗談も言うのだと思った。和やかに彼女と別れられる。そしてまた再会するだろうために、名乗っておきたかった。すると巨大な影が私の後ろから迫ってきた。


 慌てて後ろを振り返ると、そこには鬼の形相のバズ・バッカスが立っていた。



「逃がさねえぞ、てめええら!! 二人共絶対に逃がさねええ!! 逃げた事、あとそっちの金髪は俺様に雷を浴びせた事、十分に後悔させてやるからな!! さあ、ここからが本番だああ!!」



 あの雷の一撃を喰らっても、尚襲い掛かってくるバズ・バッカス。私と女剣士は、彼に向かって同時に武器を構えた。

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