第714話 『橋での喧嘩祭り』
襲い掛かってくる男達を、片っ端から打ち倒した。でも男達は、怯むことなく次々と武器を手に迫ってくる。
明らかに私が、急いで橋を渡りたがっているという事と、私が女であり一人なのでいくら武術を使うといっても多勢でかかればどうにかなると思っている。
どうしよう、このままじゃ本当にシャノンを見失ってしまう。ううん、もう見失ってしまっている。川を並行して、レンガ道を真っすぐ走るシャノンを乗せた馬車は、もう先の先へと進んでしまって見えなくなってしまっていた。焦る。
私を騙して利用し、ルーニ様を傷付けて悪者の仲間になったシャノン。
彼女に会いたいだなんて、他の人が聞けばおかしいと思うかもしれない。だけど私は、もう一度彼女と顔を合わせて会話をしたかった。例え罵られようと、私にとっては、それに大きな意味がある。上手く説明ができないけれど、そうだと思った。
「どけどけどけーー!! お前らどけえええ!! 祭りだ祭りだあああ!! 橋で祭りが開催されてるぞおお!!」
これだけの人数、騒ぎも大きくなり周囲に人が集まり始めた。すると向こうの方から、大男が周囲に集まり始めた野次馬達をかき分けてこちらに向かって駆けて来る。
とても大きく、虎髭の男。あの人は……確かリベラルの街の出入口門にいた盗賊の……
「なんだ!? てめえええは!!」
「うるせえええってんだ!! どけっつってんだろおお!! 祭りを開催してやがるのに、この俺様を呼ばねえとはどういう了見だ!! ああ!?」
虎髭の大男は、私を取り囲んでいた盗賊団『デビルウォーズ』の男達を、素手で豪快に殴った。2人、3人と大の男が小枝のように吹っ飛んで行って橋の下、川へ落ちていく。悲鳴。
「てめえええ!! 何者だああ、ごらあ!! 俺達を泣く子も黙るメルクト最強の盗賊団、『デビルウォーズ』と知ってやがるのかああ!!」
「うるせええ!! てめえらこそ、俺様の事を知ってそんな口を聞いてやがるのかあ!? いいか、よく聞け! 俺様は天下無敵の山賊団、外道山賊団の頭領バズ・バッカス様だああ!! 知ってる奴には、截天夜叉って呼ばれてるぜ!!」
「外道山賊団? 聞いた事がねえな。もしかして、田舎の山賊団か?」
取り囲む男達『デビルウォーズ』の一人がそう言うと、他の者達も一斉に笑った。そして『デビルウォーズ』にいる大男がバズ・バッカスの前に立った。
バズ・バッカスに負けない位の大男だが、筋肉質で凄く鍛えられている。対してバズ・バッカスは、大きな身体に太い腕、太い首をしているものの明らかに肥満体で突き出た腹が、目の前の男の腹にあたりそうになっていた。
「邪魔するなら、ぶっ飛ばすぜ!! おっさん!!」
「口には気をつけろよ。俺様は、截天夜叉バズ・バッカス様だぞ!! 貴様らなんてひとひねりだ!!」
睨み合う大男、二人。
橋の下の川を見ると、向こうの方の岸に泳いで辿り着くミルトの姿が見えた。彼は大丈夫。よし、それならこの盗賊団と山賊の頭領が争っている間、どさくさに紛れて突破できるかもしれない。
「どけよ、デブ!! 俺たちゃ、そこの踊り子の姉ちゃんに用事があるんだよ!!」
向かい合っている。『デビルウォーズ』の大男の横から、顔を突き出してきたまた別の男。セリフを言った瞬間に、バズ・バッカスに上から叩かれた。
ドスンッ!!
「ぎゃっ!!」
バズ・バッカスに叩かれた男は、潰れた蛙のように地面に叩きつけられた。それを皮切りにバズ・バッカスと向かい合っていた大男が動く。
バズ・バッカスの顔面に、強烈なパンチを入れる。対してバズ・バッカスは、殴られながらもニヤリと不敵に笑い、腕を大きく振りかぶって殴り返す。
「デブってゆーーな!! もう一度言ったら、ぶっ殺すぞ!! 俺は肥ってみえる体質なんだよ!!」
「ぐはああっ!!」
バス・バッカスの大きな拳が、大男の顔面にめり込む。大男はそのまま声をあげて仰向けに大の字で倒れた。
「うおおー!! 女は後だ!! 先に、こいつをやっちまええええ!!」
「ハッハッハーー!! やっっぱ祭りだったかあああ!! 祭りは喧嘩祭り、やっぱこうでないと面白くねえ!! 全員でかかってこいよ、俺様が全員可愛がってやる!! 最後に立ってた奴が優勝で、賞品はそこの狐の姉ちゃんって訳だな!! ウハハー!!」
男達の標的が私から、バズ・バッカスに切り替わる。私はチャンスとばかりに、目の前の邪魔をする者だけ打ち倒して橋をすり抜けた。後ろの方でミルトの声がした。
「おおーーーい!! テトラちゃん!! 何処いくのーー!!」
ミルトの声に、賊達が反応する。そしてバズ・バッカスも――
「おいおいおい、まずいぞ!! 喧嘩は大好きだが、賞品が逃げちまうのもまずいぞ!!」
「おい、何処を見てやがる!!」
「うるせーー!! ボケがああ!!」
ドガッ
「ぎゃっ!!」
「ムチムチっとした感じで、狐の獣人というのも気に入った。尻尾が4本っていうのも珍しいしな。顔もべっぴんだし、特別に俺様の嫁にしてやってもいいかもしれねえな。ウハハ、よしもう少しゆっくりと喧嘩を楽しみたかったんだが、逃げられたらもう会えねえかもしれねーしな。追いかけるか!!」
バズ・バッカスはそう言うと、背負っていた太くて大きな槍を手に取り、振り回し始めた。そしてあっという間に、橋の上にいた『デビルウォーズ』を殲滅すると、ニタリと笑って私の後を追ってきた。
驚くことに、その大きく肥満体の身体つきからは想像できない程の脚力。流石に私程ではないにしても、見た目からかけ離れたスピードでぐんぐんと私の後を追ってくる。
このままシャノンに追いつけたとしても、バズ・バッカスをシャノンのもとについてこさせる訳にもいかない。
どうすればいいか――そんな事に頭を巡らあせながら、私は全力で川に沿ってレンガ道を走り続けた。




