第712話 『アーサー・ポートインを思い出す』
今いるこの交易都市リベラルで、予期せぬ人物シャノンを目にした。
私は、彼女を目にするなり一緒にいたミルト・クオーンをそのまま置き去りにして、シャノン目掛けて全力で駆けた。
シャノンは箱型の牢に入れられていて、馬車で運ばれていた。そして武装した男達に護送されている。それを見て、逃亡中にクラインベルトの王国兵か、もしくは賞金稼ぎか何かに捕まったのだと思った。
シャノンは、現在クラインベルト王国からルーニ様を誘拐した罪として指名手配されている。
「シャノン!! シャノーーン!!」
叫んだ。川幅があって向こう側にいるシャノンに、ちゃんと聞こえているのか解らない。人も多いし、ガヤガヤと雑音が響いている。それでも私は、何度もシャノンの名を呼んで、必死になって走った。
ようやく橋までくる。シャノンの乗せられた馬車もこちらに向かってきてくれれば、向かい合う形で追いつける。そう思っていると、馬車は橋を渡らずに、レンガ道を直進して行った。
「うそ! 待って!」
左折して橋を渡る。丁度、橋の真ん中まできた所で、前から歩いて来ていた男達が、走る私に気づくとニヤニヤと笑い行く手を塞いだ。
「え? ちょ、ちょっとなんなんですか!? 急いでいるんですけど、道をあけてくれますか!!」
「うひゃーー、セクシーダイナマイト! 踊り子のお姉ちゃん発見――!!」
「俺達と遊んでくれねーか! な、いいだろ?」
「そうだな、このままちょっと俺達に付き合ってくれよ。そしたら道を通してやるからよ。言わばこれ、通行料よ。意味解るよな」
20人位はいる。男達は、橋の上で広がって通ろうとする私を捕えようと両手を広げて、距離を徐々に詰めてきた。
「っもう! このままじゃ、シャノンが行っちゃう!! 折角会えたのに!!」
折角? 私を騙して利用し、ルーニ様を誘拐した。そして『闇夜の群狼』やドルガンド帝国に取り入ろうとしたシャノン。なのに確かに私は、今彼女に対して折角会えたのに……っていうありえない感情が沸き上がってきていた。
シャノンに会いたい。あって話をしたい。例え罵倒されても、唾を吐きかけられてもいい。それでも会って、一言でも二言でも喋りたかった。
シャノンに利用されていたのも事実だし、心の中では罵られていたのかもしれないけれど、それでもルーニ様の誘拐事件以前は、私はシャノンとは同じ王宮メイドの同僚として仲良くしていたし、いつも会話しては笑い合う間柄だった。
……だから、友達だったと思う。
私には、フォクス村から友達なんていなかった。だから、本当の友達っていうのが――セシリアと一緒に旅をして仲良くなって、信頼し合うまでは解らなかった。
けれど……少なくともあの時の私は、セシリアやマリンに対してと同じ、シャノンに友情を感じていたのだと思う。
「通してください!! お願いですから!!」
「ヒャッヒャッヒャー!! 可愛い子狐ちゃんが、怒っても怖くないぜ。それより、ここで踊ってみてくれよ。セクシーダイナマイツなダンスを披露してくれよ」
「いいな、それ。踊り子なんだもんな。ほれ、やってみろ!」
「あっ! やめてください!」
男の一人が私の腕を掴もうとした。こうなったら仕方がない。
伸びてきた男の腕を掴んで、倒してしまうしかない! そう思った所で、真後ろから別の手がぬっと出てきて、私に触れようとした男の手を掴んで止めた。
「ぬあ!! なんだ、貴様!! 俺達の邪魔をするのかああ!!」
「なんだ、貴様とはなんだ貴様は。人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀というものだろう。違うか?」
ミルト・クオーンだった。ミルト・クオーンが私の後を追ってきてくれたのだった。その証拠に、息は少しあがっている様子で、服も乱れている。きっと必死になって私の後を追ってきてくれたのだろうと思った。
「ミルト・クオーンさん」
「フフ、テトラちゃん。僕の事は、親しみを込めてミルトって呼んでよ。信頼も込めてね。しかし、どうやら間に合って良かった。ひいふうみい……ざっと20人はいるか。ここは、僕に任せてテトラちゃんは後ろに下がって」
ミルトはそう言って、腰に吊っている剣を抜いた。あれは、細剣――レイピア。まるで針のような形状をしている剣で、刺す動作に関しては優れている武器。
ミルトは素敵な人だとは思うけれど、少しキザな感じがする。それと彼が手にするレイピアを見たからか、あの男を思い出した。
アーサー・ポートイン。
クラインベルト王国の騎士で、その素性を隠してルーニ様救出の際に、手柄を独り占めする為に私とセシリアにつきまとってきた。
凄まじいレイピアの使い手で、とんでもなく強かった。未だに、トゥターン砦では、よく彼に勝つことができたと思っている。
あの時は、命に代えてもルーニ様をお助けしないとって思っていたけれど、私がアーサーにやられていた可能性だって十分に考えられる。それ位、恐ろしい剣術の使い手だった。そのアーサーとミルトが一瞬だけだけど、私の中で重なった。
橋を塞ぐ男達は、ならず者と言った感じで皆ミルトと同じように武器を持っていた。そしてミルトがレイピアを抜くと、一斉に武器を抜いて構えた。
「いっちょ前に剣を抜きやがったな、キザなあんちゃんよ」
「剣を抜いたからには、覚悟しろよ!」
「一応、名を名乗れってほざいたから教えてやるよ。俺達は、メルクト共和国最強の盗賊団『デビルウォーズ』だ。お前みたいな色男、簡単に捻って橋の上からポイっだぞ」
「ほう、やはり賊か。ならば僕の名を言っても解りはしないだろう……っが、僕はミルト・クオーン。リベラル十三商人の一人で、この街でコンサルタント業を行い、この街の発展に貢献を果たしてきた男だ。君達のような賊とは、正反対の世界に住んでいる者だよ」
「ああ、そうかい! それじゃ兄ちゃん,覚悟はできているな!」
「ほざけ! さっさとかかってくればいい!」
「ミルト!!」
先に賊達が動いた。剣に斧。そして槍。
ミルトはレイピアを構えると、賊の最初の攻撃を避けた。すると賊は更に4,5人で一度にミルトにかかる。
最初はいい動きをしていたミルトだったが、賊達にレイピアを弾き飛ばされると、その後は殴られ蹴られたあげく、大きな男に持ち上げられて橋から川へ投げ捨てられた。
「そんな!! ミルトーーーー!!」
「あんれーーーーー」
ボシャンッ
アーサーの事を思い出して、それが重なったけれど気のせいだったと思った。
彼が橋から投げられて心配する反面、少し安心もする。ミルトはアーサーと違って、少し剣術を齧っているという程度の腕だった。
私はミルトを助けに川へ飛び込むべきかとも思ったけれど、ミルトを倒した賊達が続けて私の方ににじり寄ってきたので涯角槍を手に取り、構えた。
先に、この男達を倒すしかない。




