第71話 『追跡中……』 (▼テトラpart)
私たちは、誘拐されたルーニ様の行方を掴む為に、王都で最も多くの情報を取り扱っているというスラム街の酒場に向かった。そして、その店のバーテンから極めて有力な情報を入手する事ができた。
――――ルーニ様は、王国の下級メイド、シャノンとその他複数の男達に拘束され、ダーケ村へ連れて行かれたとの事だ。
しかしなぜ、単なるスラム街の酒場のバーテンが、そこまでルーニ様の詳細情報を掴んでいたのだろうか。セシリアさんが、バーテンに更に詰め寄って聞き出してくれた。すると、驚くべき事実があった。ルーニ様誘拐の件は、スラム街酒場のバーテンも絡んでいたのだ。
事の始まりは、見た事もない盗賊風の男たちが、スラム街の酒場に現れた事が始まりだったそうだ。バーテンは、私たちにしたように、その盗賊風の男達を、店から叩き出そうとした。でも、すぐに気づいてやめた。バーテンは、その盗賊風の男たちの事を知っていたからだ。
――――その男達は、『闇夜の群狼』という名の、盗賊団だった。
『闇夜の群狼』は、このヨルメニア大陸でも最大規模の盗賊団で、組織として存在している。その所業は盗賊行為の他に、麻薬売買、奴隷売買、暗殺請負、それに誘拐など目に余るような事を生業としているそうだ。
そんな、途轍もなく恐ろしい闇の組織の依頼に、バーテンは言うがままに情報を提供した。思いはどうであれ、どちらにしても協力は、せざるをえなかったのだろう。
提供した情報は、ルーニ様やクラインベルト王国王宮内の内情など。そして、『闇夜の群狼』は、ルーニ様を誘拐する為に、バーテンにそれができる者をまず探させた。
それが、王宮下級メイドのシャノンと私。シャノンは、もともとは王都内スラムの育ちだったそうで、バーテンとは以前から面識があり、親しかった。そして私は知らなかったけど、シャノンは常に大儲けの話を探してはいたそうだ。
「やああっ! ――――ったあああああ!!」
バキィイッ!!
「ぐはああっ!!」
私達は、王都をあとにてダーケ村に向かっていた。道途中で3回も、賊に襲撃されて撃退した。辺りを見回すと、10人程、武装した男たちが呻き声をあげて転がっている。私が全員、デッキブラシで打ち倒したのだ。
戦闘が終わり、額から汗がつたう私の顔を、セシリアさんがタオルで優しく拭いてくれる。フワっとした気持ちの良い肌触り。そして、いい匂い。セシリアさんの香りがほのかにする。
「はい。お疲れ様。じゃあ、先を急ぎましょう」
「ええええーー!! そんなあーーーー」
私は心の中で悲鳴を上げたつもりだったが、声に出していた。
「ちょちょ……ちょっと休ませてください。わ……私、ずっと一人で戦って…………はあ……はあ……」
「でもほら、急がないと。こうしている間にも、ルーニ様が何処か遠くに連れていかれているかもしれない。ルーニ様が連れ去られた先のダーケ村は、王都から2日程の位置よ。急いで向かいましょう」
バーテンは、ルーニ様は『闇夜の群狼』に拘束され、ダーケ村へ向かったと言っていた。それが本当なら、ルーニ様はダーケ村にいる。そりゃ、目的地もはっきりしたし急がないといけない事もちゃんと理解はしているけど、私の体力にも限界がある。…………ちょっとでいいから、休息させて欲しい。
セシリアさんが歩き出したので、しょうがなく重い足を引きずって私も歩き出した。息が切れる。私は、セシリアさんにちょっとだけ腹が立った。
「セシリアさんは、ぜんぜん手伝ってくれないんですか? 私、ずっと連戦してますよ。流石に疲れましたよー」
「え? そうだった? 私、ぜんぜん戦っていなかった?」
「戦ってないですよー。全部、私が戦っていましたよー」
「そう。それは、うっかりしていたわ。でも、ちゃんと応援してはいたわよね?」
「ええーーーー!! 応援って――――私、あの酒場で負った肩の傷もまだ回復していませんし、セシリアさんだって戦えるじゃないですか。あの巻物のような物を使って……」
セシリアさんが酒場に突入してきた際に、敵目がけて使用したその巻物からは、火球魔法の魔法が飛び出した。それは、酒場が一軒吹き飛ぶくらいの威力だった。そう考えれば、セシリアさんは私なんかよりももっと強いじゃないだろうか。
「巻物? ああ。ごめんない。生憎だけど、あれは一回しか使えないの。あれは巻物じゃなくて、スクロールと言って、魔法を封じてある魔法のアイテムよ。魔法を使えなくてもそれを使用すれば、誰でも魔法を使う事ができるの。ただ……それなりに高価な物だし、1回きりの使い切りのアイテムだから、簡単には使えないわね」
私は、頬を膨らませた。
「それにしても、あの襲って来る賊の人達ですけど、私たちを追ってきているような感じでしたよね。こんなに、連続で襲撃されることなんて、普通は考えられない事でしょうし」
「それはそうよ。間違えなく、あのバーテンの仕業でしょうね」
「え?」
「ルーニ様の誘拐って、王女の誘拐よ。とんでもなく大事件なのよ。それに、『闇夜の群狼』っていう巨大犯罪組織が関わっている…………バーテンが私たちに口を割った事が、その組織の耳に入れば、きっとあのバーテンは殺されるわ。だから、きっとそうならないように、バーテンは必死になって私達に追っ手を放って、始末しようとしているのね」
「そそそ……そんなことになっているなんて……どどど……どうしましょう⁉ セシリアさん!」
「どうしましょうって、あなたは戦闘担当でしょ? 追手を振り切って、それができなければ打ち倒す。それで、前に進むしかないわ。期待しているわよ」
王都を出る前に、途中キャンプできるように専門店でテントなどの用品も購入して出てきた。だから、背負う荷物も多くなってしまっている。
私の方が、腕力があるからかもしれないけど背負っている荷物も多いし、戦闘も私が担当だっていうし…………
セシリアさんにも、ちょっともう少し何か手伝ってほしーって思って歩いた。でもいくらセシリアさんに対して頬を膨らまして見せても、セシリアさんはそれを見て微笑んで終わり。むーーー。
「この辺でいいでしょう。今日は、ここでキャンプしましょう。先を急ぎたいところだけれど、直に陽も暮れるし、この先は森を通るからそうした方がいいわ」
「はあーーーー!!」
私は、背負っている重い荷物と手に持つデッキブラシを、その場に放り出して突っ伏した。
「さあ、テントを設営するわよ。立ち上がって、手伝って! さあ! あなたは、体力が自慢なのでしょ? こんな事で音を上げていたら、ルーニ様をお救いするだなんて、夢のまた夢よ。しっかりしなさい。それにこんな所で寝転がったら、メイド服が汚れてしまうわ。さあ、立ち上がりなさい! そしてテントを設営しましょう!」
「………………」
私は、そのままうつ伏せになって、足と腕をバタバタさせて地面にありったけの不満をぶつけた。
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〚下記備考欄〛
〇テトラ・ナインテール 種別:獣人
狐の獣人。本作第二章の、もう一人の主人公。クラインベルト王国王宮の下級メイドだが、伝説の狐の獣人、九尾の一族である事からセシル王に呼ばれテストを受け、見事合格して攫われた第三王女のルーニを救出しにセシリアと旅立つ。九尾という種族でありながら、尻尾は4本しかなく伝説の獣人と呼ばれる九尾とは比べ物にならない位に弱い。だが、テトラ自身は棒術や槍術といった長柄武器を巧みに扱う事ができて戦闘は得意。それに加え、獣人特有の身体能力に恵まれている。栗色の長い髪に、丈の長いロングスカートのメイド服に身を包んだ姿の娘。どうも、いじられやすい性格のようでセシリアによくつつかれている。
〇セシリア・ベルベット 種別:ヒューム
クラインベルト王国、国王陛下直轄王室メイド。王宮に大勢いるメイドの中でも、トップに位置するエリートメイド。眼鏡をかけていて、長く美しい髪は知性だけでなく気品も感じる。戦闘能力は特にないが、国王陛下に対する忠誠の厚さは凄まじい。誘拐されたルーニを救出する為、テトラと共に選ばれたメイド。もちろん、彼女がその使命をやり遂げるのに適しているという判断のもとに選ばれているのは言うまでも無い。魔力や魔法の知識が無くても魔法を使用できるアイテム、スクロールをいくつか持っている。
〇ルーニ・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国、第三王女。セシル王とエスメラルダ王妃の間にできた子供。アテナやモニカと父は同じで、エドモンテと母は同じという事になる。でも、アテナやモニカの事が大好きで、特にアテナに懐いている。王女誘拐を計画していた何者かと手を組んだ王宮メイドのシャノンは、テトラを騙し利用して城からルーニを連れ出して誘拐した。テトラ達は現在ルーニを救出するべく、その後を追っている。
〇シャノン 種別:ヒューム
クラインベルト王国、王宮メイド。テトラとは、同僚でそれなりに親しかった。しかし、何者かと共に王女誘拐の計画を立て、テトラを利用してルーニを誘拐した。現在、複数の賊と共にルーニを攫い逃亡中。シャノンはもともとスラム育ちで、普段から大儲けする話をしていたそうだ。
〇メル 種別:ヒューム
クラインベルト王国の王都にあるスラム街、そこで経営する酒場のバーテンダー。裏の世界の者達と通じており、ルーニ誘拐に関する情報を探しにきたテトラ達とやり合った。お陰で店はメチャメチャ、音を立てて崩れた。ルーニ誘拐にも関与しているとされ、テトラとの乱闘の果てに王国の警備兵に逮捕された。
〇ダーケ村 種別:ロケーション
テトラとセシリアの、現在の目的地。スラム街のバーテン、メルからセシリアが引き出した情報で、ルーニを攫った何者かとシャノンは、ルーニを連れてダーケ村へ向かったという。
〇ヨルメニア大陸
このクラインベルト王国がある大陸の事。現在アテナの旅しているガンロック王国や、ドルガンド帝国にヴァレスティナ公国もヨルメニア大陸にある国。ヨルメニアには、大小沢山の国がひしめき合っている。
〇セシリアのタオル 種別:アイテム
セシリアの私物。セシリアが普段から使っているタオルで、洗濯も干したりもセシリアがしている。香水を振りかけたりしている訳でもないのに、物凄くいい香りがする。
〇闇夜の群狼
メルが王国政府よりも恐れる謎の組織。麻薬売買、奴隷売買、暗殺請負、誘拐など様々な犯罪に手を染める巨大組織。
〇火球魔法
火属性の中位黒魔法。殺傷力も高く強力な破壊力のある攻撃魔法だが、中級魔法の中では、まず覚える一般的な魔法。




