第708話 『一人で背負わなくてもいいんだよ』
焚火の準備ができるとその周りに、アテナ、ルシエル、ルキア、ノエル、カルビ、クロエと6人で座った。
ルキアとルシエルは隣通しに座っていて、その間には3匹のバジャーデビルがいる。
ボクは周辺を見回した。草木の生い茂る、山の中。その小道にボク達はいた。空を見ると、若干薄暗くなってきているような気もする。
「マリン、こっちこいよ! こっちこいってば!」
「そこで何やってんだ? お湯が沸いた。これからアテナが、美味い珈琲を入れてくれるぞ」
ルシエルとノエルが揃って、ボクに手招きしていた。そう言えばエルフとドワーフっていうのは、あまり仲が良くないと聞くけれど……ルシエルとノエルは仲が良いように見える。
でも初めてであった頃は、殴り合いをしていたという。だがお互いに打ち解けてくれば、今はもういいコンビになっているように見える。
ブレッドの街では、一緒に仲良く食べて飲んでと渡り鳥のように店を探して街中を徘徊していたようだし。
ルシエルとノエルが特殊なのか、ハイエルフとハーフドワーフだからいいのか? それともそもそもエルフとドワーフの仲が悪いという話自体が、眉唾物だったのか。ボクには、それは解らない。ただこれだけは言える事。それは、今ここにいるボク達は、背中を預け合える仲間だという事だ。
そんな事を黙々と考えていると、ルシエルは焚火に向かって何か指さして、ノエルと一緒に笑い出した。それから隣にいるバジャーデビルに、ちょっかいをかけ始める。
そのまったりとした時間の流れる光景に黄昏ていると、ルキアがぴょんと立ち上がり、ボクに近づいてきた。
「どうしたんですか、マリン? 皆で焚火を囲んでコーヒーブレイクしましょう」
「ああ、そうだな。でもここは、緑が生い茂る鬱蒼とした山の中だ。魔物や山賊がでるかもしれないし、誰かが見張っていないといけないんじゃないのかな」
言った途端、ルシエルがキョトンとした。そして転がって笑い始める。むむむ、どういう事だ。
「ヒャッヒャッヒャ!! もしかしてマリンが警戒してくれているのか? ヒャッヒャッヒャ!」
「それはそうだろう。言ったように、こんな場所じゃ魔物などに遭遇してもおかしくはないよ」
「ヒャヒャー! 確かにそうだ! でもいつも眠たげで、見るたびに鼻提灯をぶらさげているマリンにそんな辺りを警戒するとかできるのかー? ははは、オレはできない方に賭ーけた」
むっすー! 流石にルシエルがボクをおちょくっているのが解った。ボクは軽く目を閉じると、ごにょごにょと小さく魔法詠唱をする。
「ふえ? え? おい、こらマリン!! 何をする気だ!? ま、まさかお前!!」
「ボクは礼には礼を尽くす事にしているが、無礼には無礼で返す事にしているんだ。でもルシエルは、そう言ってもボクの大切な仲間だから、特別にボクが君に礼儀を教えてあげよう」
「いらねーって、そんなの!! や、やめろおおお!!」
アテナが立ち上がって「こら、マリン!」って言ってボクを止めようとしたけれど、ボクは聞こえないふりをしてルシエルの座っている真下から水を吹きあがらさせた。
「ぎゃああああ!! 冷てえ!!」
ルシエルは、勢いよく地面から発射された噴水の力によって宙に飛ばされて、そのまま近くの斜面を転がっていった。
しかも飛ばされる瞬間にルシエルは、咄嗟にノエルの腕を掴んだので、ノエルも一緒に飛んでいって森の中に消えていってしまった。
「南無三……」
「ぎゃああああ!! このやろう、やり過ぎだああああ!! 覚えてろよ、マリン!!」
「うわああああ!! 離せルシエル!! あたしまで一緒に……うわあああ」
ノエルは、完全に巻き込まれた形。不憫だと思いながらも、ルシエルに巻き添えにされて飛んでいく姿は滑稽でニヤリと笑ってしまった。
「プフーーー」
「こら、マリン!!」
「なんだい?」
「ちょっとやりすぎよ」
「ごめんなさい」
アテナに怒られてしまった。でも謝ると、アテナは直ぐに笑顔になった。
「解ればよろしい! それじゃ、珈琲入れるの手伝って」
「え? 解ればいいって……ルシエルとノエルはいいのかい?」
「え? 魔法で吹き飛ばしたのはあなたでしょ。それにルシエルとノエルなら、絶対大丈夫だから。道草しなければ、直ぐにここに戻ってくるよ。それと――」
アテナは言葉を区切ると、空を見上げた。周囲には沢山の木々が生えており、その木々の葉に遮られた間から、空の様子が見えた。空は、暗く沈んでいる。
「もう少しで夕方だし、そうすれば直に夜になる。流石に山の中の夜の移動は危険だし、真っ暗で辺りが見えないとなると、馬車を走らせているのは危険だしね。途中で誤って、崖から落ちる事があるかもしれないし。だから用心して、この辺りでキャンプしようかなって」
「なるほど、それはそうだね。でもこの辺に留まるのは気が進まない。キャンプするのであれば、もう少しだけ移動してからにしてくれると嬉しい。できれば小道からも、少し離れてもらえると助かる」
ボクの顔をじっと見るアテナ。しまった、無駄に心配させてもいけないと思い、ドルガンド帝国の追手がくるようであれば内々に処理するつもりでいたけど……
アテナの、今のボクをじっと見ている目。あの目は、ボクの心の内側を見透かしているような目だった。変に隠しごとはできないと悟る。
「マリン……話して」
「うん、それはそうだけど」
「マリンは、テトラやセシリアと親友なんでしょ。でも私達もマリンと親友よ。なんでも話して欲しいな」
「……解った」
ボクはアテナに、エドウィー村であった事を話した。メロとルチルの事。メロとは、以前から知り合い……というかストーカーで、今はドルガンド帝国にいてボクをスカウトしに来たこと。
そしてジーク・フリートと名乗る漆黒の剣士。ボクの分身体は一瞬にして、その剣士に斬られて死んだこと。
「ジーク・フリート……師匠と同じ名前……それに、その強さ」
「かなりの脅威だ。だけど、ボクなら追ってきても事前に察知して内々に処理を……うっ……」
喋っている途中で、ボクの肩にアテナが腕を回してきた。
「フフフ、大丈夫。マリン。フリートって名前は気になるけれど、このメンツ相手ならきっと師匠クラスでもやられちゃうかもよ。それにそんな事は、マリン一人で背負わなくても、皆で協力すればいいんだから。仲間でしょ、ね?」
「う、うん。解った。だけど、場所はもう少し安全な所を選んでキャンプをしよう」
「うん、そうしよう。それじゃ、珈琲を飲んだらキャンプのサイト探しに行こうか」
確かに、アテナにルシエルにノエル。それに加えてボクがいれば、勝てない相手なんていないのではないか……そんな気になる。
しかし油断は禁物だ。ボクは、自分が最強の魔法使いだと思っていた。だけど、違った。ロックブレイクでヘリオスさんに出会い、自分が井の中の蛙である事を思い知らされた。
世界は果てしなく大きい。そして、それに比例して強者も山のようにいる。そう考えると、この世界は実に興味深いと思う。




