第705話 『メロを仕留めろ その3』
ルチル自慢のマシンゴーレムは、ただの粗大ゴミと化し、メロもルチルも呆然としながらボクを見つめていた。
「どうやら、見誤ったみたいだね。ボクをスカウトしに来たと言っていた割には、随分と過小評価されていたみたいだ」
「そ、そんな……あ、あ、あたしのマシンゴーレムがこんな簡単にやられてしまうなんて……マジッスか!?」
「とりあえず、こうなってしまったら一旦逃げる事を考えよう、ルチル君」
「悪いけど逃がさないよ。二人ともここで、仕留めさせてもらうよ」
逃がすつもりはなかった。この分身体が何処までもつかは解らないし、ボクの本体は馬車でどんどんとアテナと共にパスキア王国へ向かっていっている。
距離は離れていくばかりで、この分身体がいつ消滅するかは解らないけれど、まだもう少しはもちそうだ。そう、メロとルチルを始末するまでは、十分に持つ。
「に、逃げろおおお、逃げるぞおおルチル!!」
「ま、待って! 待ってメロ姉さん!! 置いてかないでーー!!」
「逃げても無駄だよ、もうこの距離なら追わなくても事を成せる。だが慈悲をかけてせめて、苦しまないように仕留めてあげよう。《貫通水圧射撃》!!」
ボクの指先からピンっと水の線が迸る。さながらビームのように放たれた水は、鉄さえも貫通する威力だ。これで終わりだ。
二人同時には、殺せないと判断したボクはまずメロに狙いをつけていた。凄まじい速度と威力で迸る水のビームが、逃げるメロの背中を貫く――と思われた。だが刹那、ボクの【貫通水圧射撃】を何者かが斬った。
【貫通水圧射撃】を斬るなんて芸当は見た事もないし、そんな事ができるなんて、今の今まで考えた事もなかった。それができるとすれば、とんでもない手練れ。
なるほど。瞬時に僕は、メロがルチルやマシンゴーレムの他にも誰か助っ人を連れてきていたのだと判断した。そう言えば、最初にメロがボクの目の前に姿を現した時に、10人位のドルガンド帝国の兵士を連れてきていた。そのうちの一人……
目をやると、ボクだけでなく助かった事にメロ自身も驚いているように見えた。予想外の助っ人という事だろうか。
目をやると、全身漆黒のフルプレートメイルを身に着けた剣士が立っていた。身に着けているマントも、黒。そして先ほど、ボクの【貫通水圧射撃】を斬ってみせた剣も黒。
禍々しさも感じるし、この漆黒の剣士の腕もその剣も只者ではないようだ。
漆黒の剣士は、寸での所で助けたメロとルチルをチラリと見ると、ザラザラとしたかすれた声で言った。なんとも言えない声だけど、それで漆黒の剣士の中身は、男だと解る。
「この場は俺に任せろ。お前たちは去れ」
「うおーー、漆黒の剣士キターーー!! ありがとう、ジーク・フリート将軍!! この借りはまた改めて返させてもらうから。それじゃ、今回はこの辺で。マリン、じゃあ自分らはここでお暇させてもらいまーす。またタイミング見て、会いに来るからねー。それと、それまでに自分らのスカウトに応じる気になったなら、いつでもドルガンド帝国にきてちょーだいね。じゃあ」
「さらばッスーー!!」
メロはそう言って気さくに手を振ると、さっさと逃げていった。ルチルもボクが倒したマシンゴーレムから何かを抜き取ると、慌ててメロの後に次いで逃げていく。
このまま逃す手はない。ボクの判断は既にそう下されていた。だからメロもルチルも、このままみすみすと逃がさない……けれど、漆黒の剣士が立ちふさがってボクに追撃をさせてくれない。
ボクがメロたちに向かって攻撃魔法を発動させようとすると、漆黒の剣士はその禍々しい黒い剣をボクに向けて構えた。剣からは禍々しい気配と共に、何か黒いオーラのようなものが湯気のようにたっていた。
「ジーク・フリートと言ったね。メロたちを逃がした事から察すると、ドルガンド帝国の者で間違いなさそうだね。将軍とも呼ばれていたけれど、その地位にある者か」
「そうだ。俺は、ジーク・フリート。ドルガンド帝国の将軍だ」
「ふーーん、やっぱりそうなんだ。それでそのドルガンド帝国の将軍が、このクラインベルト王国内で何をしているんだい?」
「…………」
「とうぜん答えてもらうよ。メロたちを仕留める邪魔を君はした。しかもドルガンド帝国将軍なのだろう。このまま君も、君が逃したメロたち同様に帝国にタダで戻れるとか、むしのいい話は考えてはいないよね」
「……フフフ」
「な、何がおかしいんだい? 自分の今、置かれている状況を君はちゃんと理解しているのかい? だとしたら、獲物をしとめる事を邪魔されて気が立っている相手に対して、とる態度ではないとは思うけれど」
「俺は、あれこれ答えるつもりはない。つべこべ言わずにかかってくるがいい。でなければ、その分身体……そろそろ消えてしまうんじゃないのか?」
!!
分身体の事まで見抜かれている!? この男は何者なんだ? ドルガンド帝国の将軍っていう事で、只者ではないという事は理解しているが――
「解ったよ、君の忠告に感謝する。それじゃ君をさっと始末して、メロたちの後を追いかける事にするよ。そう、君の忠告通り、この分身体の効力が消えてしまう前にね」
言った瞬間、無詠唱で素早く【貫通水圧射撃】を、漆黒の剣士に向けて放った。
きちんと詠唱した方が威力は増すが、ボクの【貫通水圧射撃】はそれでも鉄をも貫通させる。狙いは、漆黒の剣士の喉だった。




