第701話 『メロとフチル』
メロは大きく溜息をつくと、残念そうに言った。
「それじゃあ仕方がない。スカウトは、また今度にするとするかー。じゃあ、とりあえずその件は一旦置いておいて、折角連れてきたし……マリンに自分の同僚を紹介するよーう。もうここにいるのは、バレているみたいだしね」
メロは、近くの草の茂みを見ると手を叩いて合図をした。
「はいはーい、出てきてくれるかーい!」
メロ以外に、そこに誰か一人残っているのは解っていた。茂みがガサガサと音を立てて動く。そしてそこから勢いよく1人の女が姿を現した。
しかもまさかのバニーガール!? 白衣を着たバニーガールが飛び出してきた。これは、流石のボクでもぜんぜん予想がつかなかった。
メロと同じく白衣を着ていた事で、なんとなく帝国の研究員というのは見当はつく。しかしバニーガールの衣装っていうのは……メロがバニーガールを肘で突つく。
「ほらほら緊張すっな! 自己紹介、自己紹介!」
「ういっすーー。どもっすーー、あたしはルチル・フチルというもんッス。こんなんでも、一応サイエンティストッス。メロ姉さんには、いつもお世話になってまして、この度は実に面白く楽しい、いい仕事があるとお誘いされてやってきたんスー。マリンさんの話は、既に聞いてるッスけど、今日はマリンさんと同僚になってこれから一緒に色々な研究が、できるものと思って楽しみにして来たんスよー」
「それはない」
「ほへ? それはないと言うのは?」
「君ともこの先、同僚になる事はないと言ったんだよ。ボクは見ての通り冒険者だ。仲間も既にいる。君達より、億千万倍は素敵な仲間がね」
「ええーー、あたし凄い楽しみにしてきたんスよー。メロ姉さんからマリンさんの事、色々聞きました。マリンさんは、黒魔法発動に重要な魔力の他に、強い精霊力もお持ちであるんスよね。それもそのはず、マリンさんはあのオズワルト魔導大国で天才と呼ばれたマーリン……」
ルチルが言葉を言い終えるまでにボクは彼女に向けて、【水玉散弾】を放った。メロもまとめて、水の弾丸で撃ち抜くつもりだった。
二人をここで始末し、何もなかった事にした方が全てに都合がいい。それにルチルに関しては、ここで初めて会ったばかりだけど、メロ同様に信用ならない。
研究の為というのは、おそらくは本心……だがそれで悪名高いドルガンド帝国に加担しているというのが、余計に信頼してはならないと思わせる。
でもこれで、解決する。ルチルとメロに放った殺傷力高めの水の弾丸が二人を撃ち抜くから。
だがその刹那、ルチルの後方にあった草の茂みから大きな何かが飛び出してきて、二人の盾となりボクの放った、【水玉散弾】を防御した。
「な、なんだこれは……ゴーレム!?」
魔法使いや錬金術師などが、作り出すゴーレム。石や土などを素材として、術者の手足の如き動く人形を作りあげたもの。
だがここまで殺傷能力を高めたボクの【水玉散弾】を、こうも容易く弾いてみせるなんて普通では考えられない。どんなボディをしているんだ。
いきなり登場して、ルチル達を守ったゴーレムを観察していると、メロが言った。
「いやーー、いきなり【水玉散弾】を放つなんて驚いた。しかもルチルだけでなく、自分まで一緒にやっちゃおうとしたんじゃない、マリン? だとしたらシドイなー、もう。ルチルがマシンゴーレムを準備していなかったら、自分らここでマリンに殺されていたよねー」
「ホントッスよー。今日はホント、挨拶しにきただけのつもりだったのにー。そりゃスカウト成功すればいいなーとは思ってたッスけど」
「そんな事よりもマシンゴーレムとはなんだい? アイアンゴーレムのようだか、何か……煙のようなものも身体から出ている。そんなゴーレム、ボクは知らない」
ボクの言葉を聞いて、なぜかルチルは自分の頭を摩って照れたようなしぐさをみせた。
「そりゃあ知らなくて当然ッスよー。マシンゴーレムはまだ世の中に普及していないし、これはあたしが作ったんスからー。それじゃ、この辺でそろそろ一度お暇しましょーよ、メロ姉さん」
「うん、そだね。マリンも自分らの話を聞いてくれる気はないみたいだし、少しでもマリンの話をしようとすれば酷く怒るしーー。出直そうか。それじゃ、今日の所は帰ります。また来るから、それまでに一緒にドルガンド帝国の研究所で一緒に働いてみるか、考えておいてね。それじゃーね」
「それじゃ、さらばッスよー」
マシンゴーレムに守られながら、二人は森の奥へ駆けて行こうとした。ボクは急いで魔法詠唱を始めた。そう、【噴水防壁】の魔法だ。
メロとルチルが逃げる方へ水の壁を発生させ、逃げる二人を捕まえる。そしてそのまま捕らえて、ここで始末する。面倒にならないように。
二人の口ぶりと雰囲気からして、二人はボクの事をかなり知っている。オズワルト魔導大国にも行って、ボクの事を調べたのかもしれない。
いずれにせよ、ボクはボクの事を嗅ぎまわる者達を決して許さない。ボクは、冒険者マリン・レイノルズだ。それ以上の事など、誰も知らなくていい。
【噴水防壁】を発動――するという所で、別の誰かの気配を感じて魔法発動を止めてしまった。そのせいでメロとルチルの二人を、取り逃がしてしまった。
振り返るとそこには、ルキアが立ってこちらを見ていた。
「なんだ君か、ルキア。ここは、村の外で危ない……どうしたんだい?」
「ちょっと気になったから、バジャーデビルをクロエとカルビに少しの間だけ任せて、マリンと村の様子を見て回ってみたんですけど……マリンの姿が何処にもなかったので」
「そういう事か、それなら大丈夫だ。何匹かオークが抜けて村にやってきていたけど、全て対処した。これから戻る所だったんだけど、一緒に戻ろうか」
「は、はい」
「アテナ達も、もうそろそろオーク達を片付けて戻ってくる頃だろう」
「そ、そうですね」
ルキアは、おそらく逃げていくメロやルチル――そしてあの人型のマシンゴーレムを見ていたはず。だけど何かを察したのか、気にはなっているもののボクがオークの事しか言わなかった事から、あれが何者なのかとか詮索するような事はしてこなかった。
メロやルチル、ドルガンド帝国の事は話してもいい。だけどその経緯を話すと、メロやルチルが言っていたボクの話もしなければならないかもしれない。
ボクは、自分の話をしたくはない。だからとりあえずこの場は、ルキアが察してくれた事に感謝した。




