第70話 『またの名は、ロケットバード その2』
目標に狙いをつけると、そこへ向かってピッチ―が走り出した。ルシエルは、さっき逃したクルックピーを目前に捉えていきり立っている。
「やっぱりあいつだ! オレを引きずったやつ! よーーし。今に見てろよーー」
――――ピッチーの走る速度が加速する。わっ、わっ、これは…………ルシエルが、事あるごとにピッチ―に乗って走り回るはずだ。その理由が解った。凄く楽しい。
馬に騎乗する感じとはまた全然違う感じ。なんだか地面をフワフワッとした感じで走っている。でも、かなりの速度。
「……ってゆーか!! 早い早い早い!! 早すぎるんですけどおおお!!」
ピッチ―に振り落とされないように大勢を低くして必死にしがみついた。ルシエルは、諸手を挙げて大興奮。
「はっはっは!! いけいけピッチー!! 決して奴を逃がすなよ!!」
「こらこら! ルシエル!! ピッチ―をあおるな!! これ以上速度が出たら、怖いでしょ!」
クルルルッピーー!!
ナジームが言っていた事を思いだした。確か、この鳥の名前はクルックピーって可愛い名前だったけど、またの名がロケットバード!!
「ひええええ!! 早い早い早い!! まだ速度があがるなんてーー!!」
「うおおお!! すげーなー、ピッチー!!」
早すぎて振り落とされそうになる。だけど、手綱をしっかりと握って耐えるしかない。逆にルシエルは、私の腰に手をまわしてはいるものの、そこへ力が入っているようには感じない。余裕そうだ。
「おおお!! 早い!! 早い!! いいねえ、いいねえ! ところでアテナ。このまま速度を落とさずに行くのか? 気づかれないか?」
「ううう…………うん。このままいくよ!! 速度を落としても、二人乗りじゃ追いつけないかもだし!! それにきっともう、あの子は自分に接近して来ている私達に、気がついているんじゃないかな」
あっというまに目標に接近。さっきルシエルとルキアが逃したやつ。こちらをチラリと見ると、反対側へ駆け始めた。
「アテナ! アテナー!! あいつ逃げ始めたぞ!! ほら、逃げ出した!! 追いかけろ! ピッチー!!」
手綱を力いっぱい握る。距離をどんどん詰めて、ピッチーが目標の背後についた。荒野を二羽のクルックピーが土煙をあげて全力で駆け抜ける。
「今よ! ルシエル! 投げ縄を――――」
「お……おし!! 任せろ!!」
言った直後、目標が急カーブした。こちらも慌てて片方の手綱を引く。なんとかピッチーも目標に合わせて曲がった。再び目標の背後を捉えて追跡をする。
「あの子、やるわね!!」
そう言った直後、私達の前を全力で走るクルックピーは逃げながらも、一瞬こちらを振り向いた。そして、その固いクチバシが曲がったように見えた。まるで、翻弄されている私達の事をあざ笑っているかのように見える。
「あんにゃろーー!! 絶対オレ達を見て笑いやがったぞ!! 今の、絶対笑いやがったんだぞー!! バカにしやがってー!! こうなったら、絶対捕まえてやるからな! いけーー!! アテナー!!」
「うん! このまま行くよーー!!」
ルシエルにもそう見えたらしい。そう言えば思い返してみると、当初この鳥だけ群れから外れていたよね。もしかしたら、クルックピーの中でもこの子は一番やっかいな子だったのかもしれないと思った。
――――全力での追跡が続く中、再びチャンスが訪れる。
一気にまた距離を詰める。目標のすぐ斜め後ろに迫った。
「今度こそ!! 今よ!! ルシエル!!」
「よし! いっけーーー!!」
ルシエルが投げた縄が宙に飛ぶ。目標の首にかかった。ピッチーに合図を送るとブレーキがかかり、全力でその場に踏みとどまる。土煙。
グエエエエエエ!!!!
暴れるクルックピー!! 縄を全力で引く。バランスをとる。
「はなさないでね! ルシエル!!」
「あたりまえだ!! ふんぬーーーう!!」
私とルシエル、それにピッチーでクルックピーを引っ張る。クルックピーは、大暴れしたが、私たちと暫く格闘するとようやく観念したのか、おとなしくなった。
「やったなーー!! アテナ!!」
「やったね!」
ルシエルと、ハイタッチした。
良策と言った割には、力業だったので、結果上手くいってほっとした。最初、この子に縄をかけたルシエルとルキアは、二人掛かりで抑えこもうとしてもぜんぜんできず、逆に引きずられていった。
冷静に観察してみると、それもそのはずだという事に気づいた。ピッチーを見て思ったけど、おそらくこの鳥の重量は200キロ以上は余裕であると思う。その脚力から馬力もあるだろうし、それだけ重量があれば、人間二人で綱引きしても簡単に引きずられてしまうだろう。
だから、こっちも重量で勝負しようと思った。ピッチーに、二人乗りをして勝負。クルックピー1羽の重さに、更に人間二人分の重量が加算される。こっちの重量が相手を上回れば、きっと縄をかけた後の引き合いは負けない。それは、その通りだった。
だけど、二人乗りでこちらの方が重い分、走りが遅くなるだろうから、長期戦は無理だろうし、短期戦での賭けにでるしかなかった。結果、どうにか上手くいって良かった。
まあ、どちらにしてもピッチーがいないと達成できなかったから、ほとんどはピッチーのお手柄なんだけどね。私は、そう労いながらピッチーを優しく撫でた。
クルッピー!!
「それはそうと、アテナ……」
「うん?」
「ここ…………どこだろうか?」
…………え? ルシエルに聞かれ周囲を見渡すと、ゾッとした。
気が付くと、クルックピーを無我夢中で追ってきた先は、見た事もない何処までも広がる荒野のど真ん中だった。
「ええええええ!!!!」
私はまたあの、炎天下地獄を彷徨う事になるのかと想像して悲鳴を上げた。
――――――ルキア達が待つオアシスになんとか戻れたのは、2時間後だった。
ルキアとナジームは、オアシスにキャンプを張って待っていた。私たちが、追っていったクルックピーを見事に捕獲して連れ帰ったので、ナジームは驚いていた。
それからみんなで相談して、とりあえず、この辺りにはクルックピーの群れがいる事は確認できたから、ここを拠点にもう1泊する事にした。この調子であと何羽か捕獲すれば、ナジームさんが稼ぎたいと思っている分位には、なるとのこと。
…………うーーん。あと何回かあのさっきの死闘をやらないといけないなんて。
マジですか―――。
と……とりあえず、ちょっとお茶を入れて休憩してから働こうと思った。




