第697話 『バジャーデビルのご飯』
バジャーデビルの子供達は、元気に暴れまわり、ルキアやクロエが与えようとした山羊のミルクを全て辺りにぶちまけてしまった。お陰で村長の屋敷の今いるこの部屋は、大惨事になっている。
ルキアとクロエが村長に言って大量の雑巾を用意してもらうと、それで部屋中に飛び散った山羊のミルクを拭いて回った。その間、バジャーデビル達が何処かに行ってしまわないように、カルビはされるがままにバジャーデビル達の玩具になっていた。
耳や尻尾に噛みつかれたり、頭や背中を叩かれたり……それでもカルビは、目を細めて耐えていた。ボクは、それを見て感動をした。
これがカルビで無くて、ルシエルやノエルだったら悪さをするバジャーデビルに耐えかねて、バジャーデビルを床か壁に突き刺してしまっていたかもしれない。ズンって!
「プフーーー」
「え?」
「え?」
「いや、何でもないよ。くだらないことを、想像してしまっていただけだよ。ボクもルキアとクロエを手伝うよ。雑巾はこれを使えばいいのかな」
直ぐ近くにあった雑巾を手に取る。ツーーンっとした臭いが、ボクのナイーブな鼻を貫いた。クロエが慌てて言った。
「ご、ごめんなさい、マリンさん! そ、それさっきこの子たちが、そこでおしっこをしちゃって……それで慌てて拭いたんですけど……」
「なるほど。それで拭いた雑巾を、ここに置いておいた訳だね。トラップだ。まさしくトラップだね。しかも運悪く、そのトラップに引っかかってしまったよ」
冗談とはいえ、まだ子供のバジャーデビルの哀れな姿を想像していたから、天罰が下ったのかもしれない。いや、間接的にバジャーデビルに報復されたと言った方が的を得ている。
クロエが心配そうに聞いてきた。
「アテナさんやノエルさん、それにルシエルさんは大丈夫でしょうか?」
「心配ないと、断言できる。あの3人は、このボクに匹敵する実力を持っているからね。オークなどには、決してやられないよ。それよりも、討ち漏らしが気になるね。さっきアテナ達をすり抜けて、この村の付近まで2匹のオークがやってきていたからね」
「に、2匹のオークがこの村までですと!?」
横で話を聞いていた村長が、驚きの声をあげる。ボクは、至って変わらない表情で答えた。
「でも何も問題はないよ。既にボクが2匹とも殺し……退治した」
殺したも、退治したも意味は同じ。だけどアテナが村人など、あまりそういう血なまぐさい事に不慣れな人達を相手にする時は、気を使って欲しいと言っていた。
お願いされた訳だから、ボクもそれに従うようにしているけど……こういうのは、よくわからない。
「それじゃ、ボクは引き続き外に出て、村の巡回警備にあたるよ。また討ち漏らしたオークがこの村にやってくる可能性はあるし、バリケードをすり抜けたり破壊して、村の中へ入ってくることだって十分に考えられるからね」
「そうですか。冒険者様達がいて頂ければ、大丈夫ですよね」
「端的に言ってしまえば、大丈夫この上ない。なにせ、他でもないこのボクがこの村を守っているからね。ボクをどうにかしようとするならば、伝説級の冒険者ヘリオス・フリートでも連れてこないとね」
ルキアは、まあアテナやルシエルを信用しきっている。だからボクは、不安でたまらなそうな村長とクロエを安心させるために自信満々で言ってみせた。
そして部屋を出ようとすると、村長の奥さんが何か持って部屋に入ってきた。乳臭いニオイ。これは……それに気づいたルキアが声をあげて、村長の奥さんからそれを受け取る。
「これでいいのかしら。少し温めてきたけれど」
「あ、ありがとうございます! 良かった、それじゃクロエ。もう一度バジャーデビル達にミルクをあげてみようか」
「う、うん。でも上手くあげられるかな」
「大丈夫! 私とクロエなら大丈夫だよ。それにカルビもいるし」
「う、うん。それじゃもう一度ミルクをあげてみるわ。手伝ってね、グーレス」
ワウッ
なるほど。バジャーデビルの子供は3匹。ルキアとクロエが、それぞれ1匹ずつに哺乳瓶を使って山羊のミルクを与える。それで待っている残り1匹を大人しくさせる為に、カルビが面倒を見ているという段取りか。なかなか手際がいいな。
オーク達が村へ侵入してこないように、再び見回りに行こうとしたけど、つい気になってルキア達がバジャーデビルに餌をやっている姿に目を奪われてしまっていた。
それでじーーーーっと見ていると、ルキアがボクの方を向いて言った。なぜかルキアの抱いているバジャーデビルもルキアとリンクして、ボクの方を向く。それが魔物相手に迂闊にも、可愛いと思ってしまった。まるでルキアの子供……
「どうしたのですか、マリン?」
「え? うん、いや別に……少し気になっただけだよ。それじゃ、外を見てくる」
「ま、待ってマリン!」
ルキアの方へ再び振り向く。
「カルビが今、相手してくれているバジャーデビルの子供……折角ですから、マリンもミルクをあげてみませんか?」
「ボクが……かい?」
「はい。そうすれば、この子だけ待たせずに3匹一緒に仲良くミルクをあげられると思うんですけど。だから手伝ってくれませんか?」
「で、でも村の警備が」
「数分ですから、ちょっとこっちへきて下さい」
これはもう逃げられない……か。
確かに少しならいいだろう。ボクはカルビをこねくり回して遊んでいるバジャーデビルのもとへ近づくと、そっと手を伸ばして抱き上げた。
グウゥゥ……
つぶらな瞳が、可愛い……
するとルキアが「はい、どうぞ」と言ってボクに山羊のミルクを差し出してきた。




