第686話 『エドウィー村の被害』
――――クラインベルト王国、エドウィー村。
ルシエルがたまたま見つけて、知り合ったデニルとジール。二人に案内されて私達は、その二人が住む村へやってきた。
到着するなり、村から青年がこちらに向かって走ってきた。
「おかえりーー!! デニル、ジール!! 大丈夫だった?」
「ああ、ただいま。問題ない」
「バジャーデビルは倒したの?」
二人はニヤリと笑って頷いた。そしてルシエルの方を指した。
「え? この人たちは誰?」
「客人だ。そしてこのエルフ、ルシエル・アルディノアに俺達は助けてもらった。そして例のバジャーデビルだが、なんとツガイで2匹もいたんだ。だがこのルシエルが、退治してくれたんだ」
デニルが青年に説明すると、青年はとても驚いた顔でルシエルを見つめる。するとルシエルはニヤリと笑って、親指を立てて青年に対して頷いた。青年は興奮し、「すげーー」っと大声をあげるとまた村の方へ戻っていった。
そして間もなく村から沢山の人達が、さっきの青年を先頭にしてやってきた。デニルとジールは、やってきた人達と顔を合わせると、その中にいる如何にも村長さんって感じのお爺さんに向けて、他の者にも聞こえるようにこれまでの経緯を話した。
村人達は村長を始め、ルシエルとその仲間である私達にも凄い感謝を示してくれた。だけど魔物の巣から連れて来た、ルシエルが背負っている3匹のバジャーデビルの子供の存在に気が付くと、村人達はたちまち青ざめて少し騒ぎになった。
でもデニルとジールがちゃんと説明してくれた。
バジャーデビルは凶暴で、一般的に人を襲う魔物として恐れられている。だけどこのバジャーデビルは子供で、自分達で餌を獲る事もまだままならない。
巣に置き去りにすれば、飢え死にする事は目に見えているし、歩くこともまだちゃんとできないこの子供達が人間を襲った事がないとのは明白だった。
ルシエルは、そんなまだ何の力もないバジャーデビルの子供達に慈悲を与えたのだと。デニルとジールは、そう皆に説明してくれた。
相手が魔物でも慈悲を与えるエルフの姿というのは、それなりに人の心を打つものがあったらしい。ちゃんと私達が責任を持って見ているという事を条件に、バジャーデビルの子供達も村へ入れてよいという事になった。理解があって良かった。
何はともあれ、これで一旦落ち着ける。村へ入った所で、デニルとジールが急に声をあげた。
「なんだ? これはどうした事だ?」
「俺達がいない間に、何かあったのか?」
村内を見回すと、怪我人がそこらじゅうにいた。破壊されている建物や柵、荒らされている畑もある。乱暴に作物を引き抜かれて持っていかれただろう畑の状態は、見てすぐに解る程。
私も村長に目を向ける。
「何かあったんですか?」
「実はのお……この村には、バジャーデビルが頻繁に現れて儂らを自分達の餌にする為に襲ってきておったんじゃ。それで村で一番腕の立つデニルとジールに頼んで、バジャーデビルを倒しに行ってもらったんじゃ。その後じゃ。二人がバジャーデビル退治に村を出て少しして、今度は別の魔物がここへきて儂らを襲ったのじゃ」
これには、デニルとジールもかなり驚いている。ここはクラインベルト国内……ここってこんなに魔物が暴れまわっているようなところだっけ……でもとりあえずは……
「村長さん、今この村に怪我人がいるみたいだけれど、それはデニルさん達が留守の間に魔物が襲ってきて負った傷なんですか?」
「そうじゃ。抵抗してなんとか追い返しはできたがの。代償として多くの怪我人を出してしもうた」
「それでその魔物というのは?」
「オークじゃ。パッと数えても30匹以上はいたと思う」
オーク……人型の豚の魔物で、人間のように武器は当然のこと、防具や盾なんかも装備している凶悪な魔物。
だけどゴブリンよりも強力で力も強い。確かに村を襲う事もある魔物だけど、バジャーデビルに続いて今度はオークの群れが襲撃してくる事なんて珍しい。
……ノクタームエルドでも感じたけれど、もしかして魔物の狂暴性が活性化している……
「村長さん、それに村の皆さん。その規模の群れのオークだと、きっとまたこの村を襲ってくると思います」
「な、なに? また襲ってくる?」
「なんてことだ。バジャーデビルをなんとかしたと思ったら、今度はオークの群れか」
「どうすればいいんだ」
村人たちの悲鳴。村長が私達に近づいて来て言った。
「そちらのエルフの方は、デニルとジールでも倒せなかったバジャーデビルを2匹も倒し、その巣にいたブルーエレメントまでもをも倒したと聞きました。それ程の腕の持ち主であれば、この村を襲うオークをなんとかできないもんでしょうか?」
ルシエルに村人達の注目が集まる。背負っているバジャーデビルを丁度あやしていたルシエルは、村長の方へ向き直ると頷いて見せた。
「いいぜ、やろうぜ。オーク討伐完了してからでも、パスキアには間に合うんだろ?」
「うん、たぶんね。それに旅の途中こういう事もあるかもって、ちょっと早めにはブレッドの街を出発したからね。余裕はあるよ」
「パスキア?」
私達は、パスキア王国の王都を目指して旅をしている冒険者であると村長に説明した。すると村長は、ポンと手を叩いて言った。
「それならば、馬車をご用意致しましょう。もちろんお金も支払います。ですから、どうかこの村を救っては頂けんでしょうか? デニルとジールを助けて頂いた上に、こんな大変な事を重ねてお願いするとはなんともな話ですが、このままですと儂らはきっとオークに皆殺しにされるでしょう」
「うん、解りました。でもお金はいりません。馬車と……あとデニルさんとジールさんにはお話ししましたが、パスキア王都までの食料を少しでも分けて頂けたらありがたいんですけど」
「そ、そんな事でよいのでしたらいくらでも」
村長、それにデニルとジール、村の皆は私達の返事に声をあげて喜んでくれた。でもそれはまだ早い。喜ぶのは、この村へ襲撃してくるオークを全て退治してから。
これから何をすべきか決まると、私はマリンに声をかけた。とりあえず、まずはそのオークたちに負傷させられた村人たちの治療を終えないとね。




