第685話 『魔物ウケするエルフ』(▼アテナpart)
うーーん、しかしルシエルの行動にはいつも驚かされるっていうのは、十分にもう解ってはいるんだけれど……まさか魔物の子供を3匹も連れて戻ってくるなんて思いもしなかった。
グルウウウウ……
バジャーデビルの子供の唸り声。見るとルシエルに背負われている3匹に、ちょっかいを出しているハーフドワーフと、銀髪魔法使いの姿があった。そう、ノエルとマリンのこと。
「はっはっは。こいつ、いっちょ前にこのあたしに威嚇してやがるぜ。なかなか見所があるじゃないか」
「気を付けないと指を齧られるよ、ノエル。この魔物はバジャーデビル。アナグマの魔物で、気性も激しく凶暴な魔物だ。だが実に興味深いのは、頷ける。ボクもバジャーデビルの子供を見るのは、初めてだからね。でもまだ自分では餌もとれないし、ちゃんと歩く事もできないようだ」
指を齧られるとノエルに言ったマリンが、指をだして齧られた。飛び上がるマリン。そして3匹のバジャーデビルを背負うルシエルが、二人に怒る。
「こらーー!! 可愛がるならいいけど、あまりおちょくるなよなー! バジャーデビルってのはアレなんだぞ、アレ……なんだっけ? あっ、そうだ。気性が激しいんだぞ!」
「それ、さっきボクが言った」
「それに凶暴な魔物だ」
「それもさっき、ボクが言った」
「うっせーうっせーうっせーわ! 兎に角、いい子いい子するならいいけど、逆撫でしなさんな!」
「ええーー。ボクは見た事もない珍しいバジャーデビルの子供を観察すると同時に、巧みに可愛がっていたつもりだけど」
「ああ、そうだ。あたしもそんな感じのつもりだった」
ルシエルの背負っている3匹のバジャーデビルの子供を、また隙を突いて触ろうとするノエルとマリン。それを阻止するルシエル。フフフ。ルシエルはなんだかすっかり、バジャーデビル達のお母さんになっちゃっているな。そう考えると、ルシエルって案外いいお母さんになるのかも。
そう言えばカルビとの出会いも、カルビがルシエルに懐いてついてきたのが始まりなんだっけ。
エルフというのは草木や動物を愛し、魔物や悪魔やアンデッドなど、悪しきものを嫌うと聞くけれど、カルビとの出会いや自分で退治した魔物の、その残された子供を拾ってくるなんて、やっぱりルシエルはかなり変わったエルフなのだと思った。
そもそも肉好き酒好きっていう所も、エルフの印象からほど遠い。
……でも、ルシエルは私がギゼーフォの森で出会った時から変わらない。ずっとこういう子だったなと思い返してみる。
ちょっと思い出にもふけっていると、ルキアが私に言った。その後ろにはクロエがいる。
「それで、これからどうするんですか?」
「そうね。とりあえず、デニルさんとジールさんのご厚意に甘えて、村に寄らせてもらおっか。それで少しでも、食料を分けてもらえたらありがたいな」
私の言葉を聞いて、デニルさんとジールさんは顔を見合わせて頷いた。
「そういう事なら、是非寄ってくれ。ルシエルには、本当に世話になったからな。村に来てくれれば食い物も沢山ある」
「そうだとも、行こう俺達の村へ。ここから近い所にあるしな」
「そうなんだ。それじゃお言葉に甘えて、お邪魔させて頂きまーす」
デニルさんとジーンさんに頭を下げると、ルキアとクロエも一緒に頭を下げた。
話もまとまった所で、私達はデニルさんとジールさんに、二人が住むというロンダリ村へ連れていってもらった。
先頭をデニルさんとジールさんが歩いて、その後ろにノエルとルキアとカルビ。そのルキアに手を引かれて、クロエが続く。
そしてその後ろにルシエルが続き、一番後ろに私とマリンが揃って歩いた。
前方を歩くルシエルの背中には、3匹のバジャーデビルが背負われており、その真後ろを歩く私と目が合いまくっていた。
グルウウ……
私を見て何か唸っている。マリンも言っていたけど、アナグマの魔物なんだっけ? じーーっとこっちを見ているんだけど、つぶらな瞳がめちゃくちゃ可愛い。うーーん、ルシエルが巣から連れてきちゃう気持ちもなんだか解るな。
「それはそうと不思議だね」
じっとルシエルが背負っている3匹のバジャーデビルの子供を見つめていたのは、私だけではなかった。私の隣を歩くマリンもそうだった。
「え? 何が? 可愛いっていうのなら共感できるけど、不思議って何が不思議なの?」
「あのルシエルが背負っているバジャーデビル。ルシエルがその親を退治したから、子供だけじゃ生きていけないと連れて来たそうだけど……ルシエルは最初背負っていた時に、耳を齧られたって言ってたんだよね」
「そういえば、言っていたかもしれない。もう赤くなっていた所も、もとの色に戻ったけどね」
ルシエルがデニルさん達と戻ってきた時、ルシエルは、右腕と右肩を負傷していた。それでデニルさん達の傷も含めて、私が回復魔法で治癒したんだけ、その時にルシエルの耳には、くっきりと歯形がついていて赤くなっていたからついでに治療しておいた。
「あれは、洞窟から脱出する時に、あの背負っているバジャーデビルが噛みついたそうなんだ。なんでも眠っていたはずのバジャーデビルの1匹が目を覚ましたらしくてね。でも少し観察してほしい。今はああして3匹とも目を覚ましているのに、ルシエルに噛みつこうともしない」
「それは……」
「十分に、ルシエルの耳でも首でも噛みつける距離なんだ。なのにそれをしない。親の仇っていうのを理解しているかどうかは解らないし、ボクはしていないと思っているけど、それでもバジャーデビルは凶暴な魔物だ。どうだい、実に興味深いとは思わないかい?」
「それは……確かにそうね。そう言われてみれば私も不思議に思えてきた」
だけど私の直ぐ目の前を歩いているルシエル自身は、そのことを一切気にしてはいないといった感じだった。




