第682話 『バジャーデビル その2』
グオオオオオオ!
グオオオ……
ギギャアアアア!!
3匹のバジャーデビルの子供が、巣穴からこちらを見て何か鳴いている。きっとこれはオレを見て威嚇しているのだと思った。
「おいおいおい、待て待て待て。これはまいったぞ。どうするんだよ、これ」
バジャーデビル発見し、1匹と思ったら2匹だった。しかもその2匹は、ツガイ。そしてここは、そのツガイの巣。
その時点で、もしかしたらそういう可能性もあるんじゃないかって思ったけど、やっぱり子供がいやがった。こ、これ……どうするかなー。
倒した親の方に目をやる。
こいつらが育てば、親と同じように人間を襲って食べる。そして可哀そうだからと言って殺さず、天に運命を委ねてこのまま放置すれば、自分でまだ餌もとれないこいつらは、きっとここで徐々に弱って死ぬ。
どちらか選ぶとなると、オレがこいつらを今ここで楽にしてやれば全ての問題は解決すると思った。
だって、そうだろ? ここでこいつらを放置し、何か奇跡的な事が起こって、こいつらが助かったとする。そうなったとしても、こいつらはやがて親のようになって、人間を襲って殺して食べ続ける。もしくは、冒険者に討伐されるという最後を迎える。
…………一番いいのは、オレがここでこいつらを始末してしまうこと。それが一番だ。
グオオオオ、グオオオオ!
独特な鳴き声の魔物。丸い耳に、つぶらな瞳。そう言えば、最初見た時は熊系の魔物かと思ったけれど、こいつらはアナグマ系の魔物なんだよな。
…………
3匹のバジャーデビルの子供は、両前足をワサワサと動かしながらも、オレをずっと見つめていた。
この親の仇め!! もしくは、憎らしい人間が!! もとい、この美人のエルフめが!! そんな事を考えているのだろうか。
オレはブンブンと首を振ると、腰に差しているナイフを抜いた。
アテナ達も腹を減らして待っている。こいつらを喰う気にはちょっとなれないから、さっさと別の獲物を見つけて戻らなければならない。デニルとジールも必要なら、村まで送ってやらないといけないしな。
どうせ、後味悪い思いをするのなら、さっさと終わらせよう。
オレはナイフを強く握って、バジャーデビルの子供がいる巣に近づいた。そしてまず1匹に狙いを定めると、そいつの首根っこを掴んで持ち上げた。
オレの腕でも、片手で持ち上げられる位に小さな身体。すると持ち上げられたバジャーデビルは、必死に藻掻いた。オレに何かされると気づいたのかもしれない。
オレは、そのバジャーデビルの首にナイフを当てた。
「すまねーな。お前らの親はオレ達にとって悪いことをしたから、殺める結果になってしまった。だからそれについては、納得しているが……お前らは、その予備軍ってだけで、まだ何もしていないものな。でも、オレは冒険者だ。危険な魔物ならやらないと」
グルウル……
すると掴んでいるバジャーデビルが急に大人しくなって、オレをじっと見つめた。ううう……これから始末しようって時なのに、やめろ!! そんな目でオレを見るな!!
アナグマの魔物……それの子供。まだ身体も小さくてフラフラよたついている。
「うわあああ!! ちくしょーー、やらなきゃなんねーってのに!!」
大人になれば人を襲う。だからといってこのままにしても、餓死するだけ。せめてここで、さっとすませてやることができればそれが一番だし、冒険者としても正しい行動だと解ってもいるのに……
グルウウゥゥ……
バジャーデビルの子供の首にナイフを当てているというのに、こいつはつぶらな瞳でオレをずっと見つめている。親の仇でもあるオレなのに。
グルウウウゥゥ……
「ちっくしょーーー!! オレにどうしろっていうんだよおお!!」
オレは、ナイフを強く握りしめて3匹のバジャーデビルを思い切り睨みつけた。
――――空洞を出る。
バジャーデビル共の死骸はそのまま放置した。放っておいても、こんな大地の裂け目の最奥に、誰も好き好んでこないだろうと思ったからだ。
バジャーデビルのツガイの事は、別になんとも思っていない。奴らも人間を襲って殺して喰った時点で、逆にやられる事もあるって覚悟の上だろう。だが……
だが、やっぱりバジャーデビルの残した3匹の子供の事が……ずっと、考えている。
「ふう、とりあえずここにいつまでもいる訳にはいかないしな。アテナの所に一旦戻るにしても、まずはデニルとジールを拾っていかないとな」
ブツクサ言いながら空洞を抜けて、洞窟内部から外へ出る為に戻っていく。
あたた、やられた右肩と腕が痛む。戻ったらアテナかマリンに見てもらおう。あの二人は、回復魔法を使用できるから、この痛みも癒してもらえる。うう……それにしても、身体が重い。すげー重いよ。
洞窟内を懐中灯で照らしながらも、元来た道を戻っていく。あれ、デニルとジールがいない。この辺りで待っていろと言ったはずなんだが――
ブルーエレメントっていうんだっけ? マリンみたいな攻撃をしてくる、青い球をやっつけた場所まで戻った。するとそこに二人がいた。
「おおーーい! デニル、ジール! 待たせたな、バジャーデビルは、退治してやったぞ。これでもう村が襲われる心配もないぞ」
オレの呼び声に二人とも振り向く。
「ルシエル! 戻ってきたか、良かった。本当に、バジャーデビルもここにいたブルーエレメントも倒したんだな!」
「デニル、ルシエルはAランク冒険者だぞ。それってかなり凄い冒険者なんだぞ。俺はやってくれると信じていた」
「あっ、お前、自分だけ信じてたみたいな事いいやがって!」
「やめろ、傷が痛い! 痛いって!!」
オレはそんな二人に、少し偉そうにして言った。
「はっはっは。オレの事で争うのはやめなさい。それより、さっさとここを出ようぜ。オレも仲間を待たせているんだ」
そう言って青い球体のいた泉のある空洞から、裂け目の方へ向かって歩き出した。二人も頷いて、オレの後についた――刹那、2人が叫び声をあげる。
「うわあああああ!!」
「おん? どうしたんだ、二人とも。早く行こうぜ」
「は、はは、早くったってあんた!!」
「どうしたんだよ、早く行くぞ」
先程までと違い2人は慌てふためき、オレの背中を指さして叫んだ。
「なんなんだ!! あんたそれ何を連れてきているんだああ!!」
「え? 何がって何が?」
「それだよ、それええ!!」
2人が驚いて叫びながら指した先、それはオレの背中。
オレの背中には、3匹のアナグマの魔物の子供が負ぶさっていて、可愛い寝息を立てていた。
オレは溜息を一度吐くと、2人ににっこりと笑いかけた。
もしかしたら、このまま何事なく自然にしていれば、もしかするかもって思っていたけど、やっぱ気づかれてしまったか。はははのはー。




