第680話 『枝山』
デニルとジールは、そのまま倒れていた場所で待たせて、オレは単身で洞窟の奥の方へと意気揚々と向かった。そう、熊のような黒い毛むくじゃらの魔物、バジャーデビルを退治しに。
二人は冒険者でも怪しげな秘密の教団でもなく、実はバジャーデビルに荒らされた村の者だったようだ。
普段は狩人としても生業を立てているみたいで、ボウガンの扱いも慣れていたので、バジャーデビル退治に志願して後を追ってきたらしい。だけど、正直冒険者でないのであれば、あまり無理はさせられない。話を聞く限りでも、あの魔物は危険な感じがする。
その証拠に二人は返り討ちにあって、洞窟で転がっていた。
幸い二人とも、かすり傷程度の怪我だがこの先、あの魔物を追い詰めていくとなると当然危険は伴うし、二人が無事に村へ戻れるように気をまわさなくてはならないオレも大変だ。
だから、倒れていた場所で待っていてもらう事にした。二人は、オレがAランク冒険者だという事を伝えると、すんなりとオレの言う事に従ってくれた。
二人はバジャーデビルを追ってきてみれば、この大地の裂け目に入って行く姿を見つけて、そのまま勢いで追いかけてきてしまったみたいで、この奥がどうなっているのか知らないという。
アテナやノエルがいれば、もっと楽に事を進められそうだなとも思ったが、ここまで来ておいて今更応援を呼びに戻るというのもなんだかアレだしな。まあ、なんとかなるだろう!
洞窟を奥へ奥へと進む。するとまた、あの泉のあった場所のような空洞に出た。どうやらここが最奥のようだな。バジャーデビルがいるとすれば、ここにいるはずだが……
懐中灯で周囲を照らす。すると何か藁というか、枝というかそういうのが沢山奥に敷き詰められていた。
これは、間違いなく魔物の巣だ。
カツンッ
「いてっ! 足に何か当たったぞ」
懐中灯で足元を照らす。すると骨が転がっていた。しかもそこらじゅうが、骨だらけ。きっとバジャーデビルがこの場所に獲物を引き込んで、食事をしているのだと思った。
「くそーー、真っ暗でよく見えないな。ビリビリと威圧されているような気配はするから、ここに潜んでいる事は間違えなさそうだが……このままじゃ分が悪い」
懐中灯を口に咥えて、両手を組んで精霊魔法を詠唱する。
「ひほへいれいよ! わへにひははをはひ、まはりをへらへ!!」
要約すると、火の精霊よ。我に力を貸し、周りを照らせ。口の中に懐中灯を突っ込んでいても、魔法詠唱はできる。
目の前で組んだ手に大きな炎が宿り、メラメラと燃え上がる。そして両手を勢いよく正面にかざすと、手に宿った炎がいくつも拡散して辺りに飛び散りそこでまた燃えて辺りを照らした。
「うわ、なんじゃこりゃあああ!!」
いくつもの炎で照らされて、隅々まで見えるようになった空洞。奥には魔物の巣があり、その周囲は骨だらけ。動物のものだけではない……人骨もあった。
残っている衣服や装備から、冒険者だろうというものもある。ここにいる魔物は、デニルとジールの住んでいる村だけでなく、きっとこの辺りを旅している人間も襲って殺し、ここへ引き込んで喰らっていたんだろう。
これは……
少し後ずさりした所で、奥の巣――藁や無数の枝が山になっている場所が動いた。
「う、うぉい!! そ、そこにいるのか!?」
帯刀している『土風』に手を伸ばす。
柄を握り、引き抜こうとしたところで、さっき動いた枝山が、爆発したように弾けた。枝と骨が辺りに舞う。そこから黒く毛むくじゃらの塊が飛び出してきて、一気にオレとの間合いを詰める。
「うわあああ!! や、やっぱりそこに居やがったか!!」
『土風』を抜いた所で、バジャーデビルに跳びかかられて、倒された。そのまま馬乗りにされる。
ガルウウウウウウ!!
「う、うおおおおお!! こ、こんにゃっろおおお!! オレを喰う気だな、そうは問屋がおろさねえ!! こんにゃろおおお!!」
片腕で思い切り、バジャーデビルの顔面にパンチを叩きこんだ。馬乗りになられている上に、やはり熊のようななりをしているだけあって、肉厚があるのか効いている節がない。
ノエルの剛腕ならこれで、壁までぶっ飛ばすんだろうが……残念ならがらか弱いオレには、そんなゴリラパワーはない!!
太刀が使えないと解ると、オレは両手で交互に連続して、オレに覆いかぶさっているバジャーデビルの顔面にパンチを入れた。
「どけどけどけ!! こんちくそおおお!!」
グルウウウウウウ!!
まったくオレの打撃が効いていない。それにバジャーデビルは、このオレに馬乗りになっている状態から、じーーっと睨み付けてくる。いつでもオレを殺せると思って、品定めしているのか。
「どけって言ってんだろがあああ!!」
打撃はノーダメだ。腰に差しているナイフを抜くと、それをバジャーデビルの脇腹に突き刺した。
ギャアアアア!!
「うぎゃあああ、いってえええ!!」
初めてダメージらしいダメージを負わせると、バジャーデビルは、掴んでいたオレの肩を押し潰して後方へ飛んだ。叫びたい位の痛み。っていうか、叫んじまったか。
だがバジャーデビルがオレから離れた隙をついて、仰向けの状態から後転して立ち上がると、背追っている弓を取ってそれに矢を添えた。二本の矢。
「馬鹿め、距離を取りやがったな。遠距離戦は、オレの方が上手だぞ!! 喰らえ、ダブルスナイプ!!」
人差し指と中指に一本、中指と薬指の間にも一本。
オレは同時に二本の矢を弓に添えて、それをバジャーデビル目掛けて放った。




