第678話 『青い球体 その3』
…………息ができなくなって……苦しくて苦しくて……それでもどうにもできなくて……
するとどうだ? なんだか意識が遠くなってきて、さっきまであんなに苦しかったのに、なんだか凄く穏やかな気分になってきた。それになんだか身体が宙に浮いているみたい。ふわっとしている。
ああ……そうか。浮いているんだ。オレはこのなんだかよくわからない大地の裂け目に降りて行って、そこで見つけた泉に潜む変な青い球体に攻撃され、そいつが周囲に纏っている水に取り込まれてしまったんだった。だからオレもそいつと一緒に宙に浮いている。洞窟にあった泉の丁度真上で……
なんだか、気持ちよくなってきたな。旅は続けなくちゃいけないんだけど……なんだか意識も遠くなってきて、全てがだるくなってきた。あれ、何か光が見える。もしかして、オレもそろそろ息ができずにお亡くなりになるのか。
ああ……天使だ。天使ってどう数えていいのか解らないけど、兎に角2匹の天使が空から降りてきてオレを迎えにきた。
……え? 洞窟の中なのに、空からってどういう事かだって? こまけえ事はいいんだよ。そういうの気にする奴は、ビッグになれねーんだぞ。
そんな事を思っていると、2匹の天使が囁きかけてきた。
「ルシエル……ルシエル……」
はい……なんでありましょうか? 天使様……
「ルシエルは、やっぱり考えが甘いからこういう事になってしまうんですよ。もっと考えてちゃんとよく相手を観察して行動をしないと。だから、こういう事に陥ってしまうんですよ」
あれ? なんだか説教臭い天使だな。
意識が遠くなってきたせいか、なんだか無性に眠くなって目を閉じていたけど少し開いて天使を見てみた。するとその説教臭い天使の頭には、天使の輪の他に耳が生えていた。三角の耳。そして尻には尻尾も!! 一気に眠気がぶっ飛んで目を見開く。
「だからルシエルは駄目なんですよ。駄目駄目なんです! いつもアテナに怒られているじゃないですか。もっとちゃんと注意して、しっかりと責任を持った行動をしないと、いつか自分だけじゃなくて大切な仲間にも……」
「ってルキアじゃあねええかよおおお!! ぶほおおっガボガボガボ!!」
ルキアの姿をした天使。くそ、幻覚か。危うく溺死しかけて、変なものを見てしまった。我に返った途端に急に苦しくなって溺れる。
な、なんとかしないとおお!!
だけど我に返って正常に戻ってオレの目の前から幻覚が消える前に、もう1匹の天使も確認しておいた。こんな球体の纏う水に取り込まれ、今にも溺死しようとしているのに、そんな幻覚にうつつを抜かしてって普通の奴はオレの事を異常に思うかもしれねえ。
だけどこのままじゃ、気になって夜も眠れやしねえ。きっとここを突破しても、例え単なる幻覚だったとしても、ここでもう一匹の天使の顔を、拝んでおかなくちゃなんねえ!! よ、よし!!
オレは今にも溺れ死にそうだというのに、ルキアの姿をした天使と反対方向にいる天使の面を拝んだ。
「…………オレが死の間際に創り出した天使。いったいどんな面をしている? 片方がルキアって事は、やっぱりアテナか? それともノエルかマリンか……ノエルは粗暴だけど、黙ってりゃ可愛い小さな少女だし、天使に見えなくもないが……」
オレは、もう一方の天使を見た。
ワウ?
――――カ、カルビだと!? カ……カルビに翼と輪っかがついて……え? めっちゃ可愛いやん。こんなストラップとかあったら、めっちゃかわいいやん。
「ぶほおおっ!! って……そ、そんな天使がいてたまるかあああああ!!」
意識が、たちまち帰ってくる。
気になっていたもう一方の天使の正体を掴んだオレは、急にその事がどうでもよくなり、今このピンチを乗り切る作戦に全神経を集中させることができた。
ファム!! オレはノクタームエルドで旅をして、お前と親友になれて本当に良かった。お前に会ってからオレは、いつもファムに助けてもらっているな!
「ブクブクブク……ファム、力を貸してくれえええ!! 《風の水中呼吸魔法!!》」
ファムから教わった風属性魔法。それを唱えながら片手を自分の口元に当てると、そこに風が発生し空気の幕が現れた。それがオレの口元を覆い、水中でも呼吸ができるようにしてくれる。
「はっはーー!! さて、どうする? 青い球三郎さんよ!! お前を倒すにはお前に近づいて、直接その球体を攻撃するしかないと思っていたが、お前の周囲は水に覆われていて呼吸をする事ができず危険な場所でもあった。つまり、守りは鉄壁ってか! だがもはや、息はいくらでもできるぞ。さあ、弱点攻撃まであと僅かだ」
勝利を確信し、不敵に笑ってみせる。すると今度は、青い球体の色が浅くなったり深くなったり世話しなく変色し始めた。はははは、明らかに動揺し始めたな。
『土風』に目線を向けた途端、青い球体はオレに武器を取らせまいと、『土風』を身に纏う水の中から外へ排出し、真下にある泉にチャポンと落とした。
まあ、当然そうするだろうな。だが甘い。オレはオレの所持する武器を全て見せた訳でもないし、手の内も全ては見せてないからな。
それにルキアの姿をした天使の言った説教に耳を貸したみたいで癪だけど、オレは考えが足りなかったようだ。よく考えれば、奴はオレを自分の纏う水の中に取り込んだ所で、勝負はついていたんだ。
オレは意識を右手に集中すると、再び風属性魔法を唱えた。
「行くぜ!! 風よ、この手に集まれ!! 風の剣!!」
洞窟の空洞ににある空気、それが風の刃となり青い球体の纏う水に突き刺さった。そしてそれはオレの右手まで、水中を直進してくると形となり風の剣になった。
そうだ、ファムの得意技!! 風の剣!!
「うらああああ!!」
オレは、風の剣を青い球体目掛けて思い切り突き刺すと、すかさず抜いて今度は上から叩き斬った。青い球体は真っ二つになると、灰色になって弾け飛んで粉々になる。
すると纏っていた水は単なる水となり、力を失って泉に降り注いだ。オレも一緒に泉にジャボンっと落っこちたので、そのまま泳いで底に沈んでいた愛刀『土風』を回収した。
服もパンツもグッショグショになってしまった……だが、まあ見た事もない強敵を倒す事ができたので、結果良かったかなと自分を称えた。




