第675話 『裂け目 その2』
男の悲鳴がした方へと、歩を進める。
「何か……何か音がするな」
ガサガサガサ……
今進んでいる方――向こうから、何か音がする。もしかして魔物か?
ここは地中に位置するという事と、過去の経験からジャイアントアントが現れるかもと警戒を強める。
先に進む道は、この先でカーブしているみたいで奥の地形がどうなっているのか解らない。背負っている弓矢に手を伸ばそうとしたが、やめて帯刀している太刀『土風』を抜いた。
「さーーて、何が出てくるかな」
ガサガサガサ……
進むにつれてその音は大きくなる。つまり、音の出所に近づいてきているという事。ここを曲がれば何かが待ち構えているかもしれない所で、オレは勢いよく前転して剣を構えた。
「うらああ!! なにもんだ、神妙にしやがれええ!!」
ガサガサ……ギチギチギチ……
ジ……ジジジ……
目が合うと、そいつはオレに向かって何か鳴き始めた。
こいつは、ジャイアントアントじゃないが、同じく大きな虫の魔物だ。名前も知っている、オオケラ。オケラの魔物で、以前に遭遇した時は洞窟近くの森で、いきなり地中から飛び出してきて襲ってきやがった。
ジジジジ……
オオケラは、オレに気づくなり土を掘ることもできる大きな前足を、前の方へ向けて威嚇してきた。しかし、その身体には大きく尖った骨が突き刺さっていて動けない。体液もかなり流れ出て重症のようだし、このままにしていても直ぐに息絶えると解った。
「ふう……襲ってはこないか。なんだか複雑だな。もしお前が五体満足でオレの前に現れていたら、オレはお前をためらいなく殺していただろうし……」
ジジジ……
オオケラの方に目をやり更に近づくと、オオケラはオレの方へ武器になる大きな前足をブンブンと振って威嚇した。いや、動けないだけで攻撃しようとしたのかもしれない。どちらにしても、死ぬ間際の最後の足掻き。
オレは、オオケラの前足が届かないギリギリの所まで近づくと、手に持っている太刀『土風』を大きく振り上げた。
「残念だが虫の言葉は解らん。本来なら敵対関係なんだろーが、こんな形で遭遇してしまったからな。仕方がない。もしもお前の言葉を理解できるなら、最後の望みとして、オレが傷つく以外の事ならなんでも聞いてやるが……言葉も通じないか」
するとオオケラは、オレの方に向けてブンブンと振っていた前足をぐったりと下ろした。そしてその目でオレの顔をじっと見つめる。
「そうか、解った」
オレは一瞬目を閉じると、直ぐにまた見開いて振り上げた『土風』をブンっと勢いよく振った。オレを見つめていたオオケラの首が飛んで、地面にゴロンと転がった。
「ふう……まあ、しゃーなしだな」
いくら敵対関係にある魔物であったにせよ、こうなってしまっては少し可哀そうには思う。
オレは首なしになって息絶えたオオケラに近づいて、そいつの身体を貫いている大きく尖った骨を調べた。
「これは……罠だな」
オオケラを串刺しにしている骨の後ろ部分っていうのか、そっちの先端部分に縄が巻き付けられている。きっとこの辺りに縄が張ってあって、それに接触し引っ張ると起動するという仕掛け。
「まさかトラップがこれだけって事もないだろうし……うーーん。オレは【シーフ】とかじゃないしな、罠があると解っていてそこへ飛び込むというのもどうかと思うが……」
見つけたものがこれだけだったらきっと、流石のオレもアテナ達のいる場所にさっさと戻っただろう。しかし毛むくじゃらの魔物っぽいのを見たし、そいつを追いかけていく二人の男も見た。そして男の悲鳴。
このまま引き返すっていうのは、アテナじゃねーけどオレの性分じゃねーし……気になって仕方がなくなるし後味も悪い。つまり、危険だけどこういったトラップに警戒して、前に進むしかない。
「ふう、しゃーなしか。仕方がない、行ってみるか」
再び洞窟の中を、奥へ向かって進んでみた。懐中灯で足元など照らして慎重に進む。
もともとオレは一人だった。一人でエルフの里を出て旅をしていた。だけどクラインベルト王国に入り、そこでギゼーフォの森に差し掛かった時にアテナと出会った。
こんなオレにも身内ができて、それからはずっとその仲間達と行動を共にしてきている。
だから以前なら、こんな場所も一人で平気だったのに……今は、ちょっと心細く感じてしまうな。
むーーん。せめてカルビだけでも連れてくればよかったか。ザックを持ってくれば、そこにカルビを入れればあの裂け目の壁も問題なく昇り降りできるしな。
カルビの顔をふと思い出していると、何かを踏みつけてしまった。
カチッ
「へ? 変な音がしたな。ま、まさか」
ビュンッ
咄嗟に前転すると、真横から何かが飛んできて服をかすめる。転がった先でもまた同じ事が待ち受けていたので、更に素早く前転して回避した。
「ったく、なんなんだよ」
振り返って確認する。懐中灯で照らすと、壁に何本かの矢のようになった骨……いや、これはもう矢だろ。矢が刺さっていた。あっぶねー、もうちょっとで大怪我をするところだった。
やっぱりこの洞窟は、トラップでいっぱいだ。トラップのあるダンジョンなんて別に珍しくも無いけど、オレがそういうのにあまり得意ではないのも事実。
「はあ……でもここまで足を突っ込んだんじゃ、前に進むしかないんだよなー」
このルートであっているのだとすれば、この先にいるだろう毛むくじゃらの魔物と狩人風の男達は、このトラップを回避して奥へ進んだという事か。
まあ、男達がトレージャーハンターだったりダンジョン経験の豊富な冒険者なら、またそれは特別不思議な事でもないんだけど。
そんな事を考えつつも、再び歩を進めるオレであった。キリッ。




