第671話 『道中のルシエル』(▼ルシエル part)
ブレッドの街での騒動の後、オレ達はミャオ達に別れを告げると街を出て、いよいよパスキア王国へ向かう事にした。っていうか、今向かっている真っ最中。
なぜ向かっているのかって言うと、それはアテナの義母であるエスメラルダ王妃と、アテナの約束によるものだった。
オレ達がノクタームエルドを旅した時に、その旅の最終地点となったドワーフの王国。そこにリザードマンやドゥエルガル、それてグレイドラゴンまでもがドワーフ達をやっちまおうって攻め込んできやがった。そりゃあ驚いたねー、驚いたよー。ああ、本当さー。
だがそんな危機的状況をオレ達がぶっとばして、ドワーフの国を救った。
グレイドラゴンは、アテナが『金剛斬』とかいうオレにも見せた事もない奥の手で、一刀両断にして倒した。アレには、たまげたね。ドラゴンなんて強力な魔物を、一瞬にして倒したんだからな。
まあでも実際は、このオレがアテナがくるまでグレイドラゴンをかなり弱らせていたから、それができたという所だろう。アテナめー、美味しい所を横取りしよってからにー。
なのにドワーフ王や王国の皆、それに冒険者ギルドは、こぞってアテナアテナアテナとアテナばかりを評価しやがる。本当の立役者はオレ様だっつーーの! 美しく最強エルフの、オレサマだっちゅーの! だっちゅーのっ!
この黄金に輝く美人ハイエルフのルシエル・アルディノア様こそが、本当のドワーフ達を救った英雄だっつーーのに!
くっそーー、アテナめ!! 何処かでギャフンと言わせて、このパーティーの真の英雄がオレとアテナ、どちらかという事を思い知らせてやらねばなるまいて。キシシ、よし、こうなったら恥ずかしい目にあわせてやるぜ。
ついでにルキアもだ。ルキアもついでに押さえつけて、くすぐってくすぐってやめてと言っても、ぜーーったいにやめないで、くすぐり地獄の刑に処してやる! フヘヘ、そうなったらカルビも巻き添えだな。
「どうしたの、ルシエル? 何か考え事? 暫くは街道を歩いていくと言っても、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」
少し前を行くアテナが、こちらを振り返って言った。
「わーってるよ、わーってるって。ちゃんと前見て歩いてるって」
「そーですよ。ルシエルは、そそかっしいんですからね。ちゃんと前を向いて歩いてくださいね」
アテナが言った傍から、ルキアもプスリとオレを刺してきたがった。ほら、みてみろ。この猫娘はアテナの第一の手下なんだ。
腹が立ったので、ルキアの横腹をツンツンと突いてやった。
「きゃっ!! も、もう、ルシエルったら! 歩いている時に、変な事をするのをやめてください!」
「ルキアが、オレのすこぶるナイーブなハートを傷つけた。だから、これはそれに対する制裁なのだ」
「なな、何が制裁なんですか! 私は当たり前の事を言っただけですよ。ちゃんと前を見て歩かないと危ないですよって。それにルシエルのハートの何処が、ナイーブなんですか……アダマンタイトハートなんじゃないですか!」
「こ、こんのーー!! 猫娘めーー、随分と言うようになったじゃないか!! しかもアダマンタイトなんて、超鉱石の名前を何処で覚えよったー!! ドワーフか! さては、ドワーフの王国で仕入れた知識だな!! これはめちゃ許せんよなー! くすぐり地獄だけじゃめちゃ許せんぜ! これはもう、とっ捕まえてパンツずりおろして、お尻ペンペンの刑だ!」
「きゃ、きゃああ! やめて、ルシエル!! いきなり、なんなんですか!!」
「こらルキア、まてーー!! オレはなあ、もうご立腹なんだ!!」
ブレッドの街からパスキア王国を目指して旅をする。オレ、アテナ、ルキア、カルビ、ノエル、マリン……そしてブレッドの街からついてきたクロエという盲目の少女。
7人でぼっちらぼっちら、北に向かって街道を行く。その途中で、こうやって騒いでは走り回ったりお喋りに夢中になったりしている。
「こんらーー!! 待てったら待てーー!! 捕まえてパンツ脱がして辱めを与えて、しかも尻が赤く腫れあがる位にペンペンに叩いてやる! ついでにその可愛らしい尻尾にも、制裁をあたえてやる!! 優しく噛みついてハムハムしたるわーい!!」
「嫌です!! そんなの絶対嫌ですから!!」
「くそーー、待てーー!! そっち行ったぞ、ノエル、マリン!! ルキアを捕まえてくれ!!」
まるで聞こえていないという風に、無視を決め込む二人。
「お、おい! 聞こえてるだろーがよ! ノエルさん、マリンさん! その生意気な猫娘をやっておしまい!」
シーーーーン……
くっそー、どいつもこいつも!!
しかしノクタームルドの旅、後半あたりからのルキアの動きは尋常じゃないなと思った。素早いし、恐ろしい程の身体能力。流石、獣人というべきか。
オレもエルフの里では、飛びぬけて運動神経のいい方だったけど、ルキアの動きは……こうなんていうのか獣じみている。
獣人だからその通りだと言ってしまえばその通りなんだが、まるで逃げる野良猫でも追い回しているような気分だ。捕まえようとしても、ニュルリとすり抜けてシュタシュタっとその場から消えていなくなる。
こ、こうなったら、少し卑怯な気もするが……精霊魔法を使うしかない。そうすればあんな猫娘、捕まえて脇の下や脇腹が赤くなっちゃうくらいにこちょばかしてやるわ! フヘハーー!!
「あうっ!」
いざ精霊魔法を唱えようとした所で、何者かに首根っこを掴まれて止められた。恐る恐る振り返ると、アテナが怖い顔をしてオレを睨んでいた。
「ヒ、ヒンッ! ア、アテナ!!」
「もうこの位にしときなさい」
「ユ、ユルシテ、ユルシテツカーサイ」
「なにそれ、ゴブリン? そんな事よりまだここは、クラインベルト王国よ。ここからパスキア王国の王都まで行かなきゃだし、そこまではまだまだ距離があるでしょ。あまり、無駄な事に体力を使わないの」
「だってよーー、あの猫娘がよーー」
「ルキアもよ。いくら街道を歩いているって言っても、魔物や盗賊と遭遇する事だって考えられるんだから、このへんにしときなさい」
「は、はい。ごめんなさい、アテナ」
「うん、いいよ。元気があるのはいい事だしね。でも道中何があるか解らないから、もしもに備えて体力は温存しておかなくちゃね」
「はい、アテナ!」
ち、ち、ちくしょーーー!! ルキアめ、獣人として覚醒しただけではなくて、ごますりスキルまで身に着けやがったか! ふんぬーーー! ふんぬーーー!! こうなったら、オレも味方を手に入れるしかねえ。一人じゃやっぱ不利だ。
オレはノエルに狙いを絞ると、抱き着きにいった。
「ふんえーーー。ノエーール、オレの話を聞いておくれよーー」
「嫌だよ、あっち行け! 抱き着くな、黙って歩け! 叩くぞ!」
ノエルに抱き着くと、強引に頭を掴まれて押し返された。
ヒンッ……オレだって、癒しが欲しい。




