第67話 『満点の星空 その2』
今もこの広い荒野の真ん中で、水も食糧も無く、彷徨っているルシエルの事を考えると心が締め付けられる。
私は、必死になってナジームにルシエルを助けるのに、力を貸してほしいと懇願した。
「どうした? アテナ? 何かあったのかね?」
「ルシエル……ルシエルが!! ナジーム! お願い!! 重ね重ね本当に申し訳ないんだけど、助けてください!! ルシエルを!! まだ、あの子……うっ……まだあの子、この広い荒野で独りで彷徨っ……うっうっ……きっと私の助けを待っているはずだから!! お願い! 力を貸してください! お願いします!!」
ナジームは、それを聞いて驚いた顔をした。
「アテナ……」
「うっ……うっ……お願い!」
ナジームは、私の背中を優しく摩ってくれた。ナジームの顔を見ると、彼は私の目を真っ直ぐに見て頷いた。そして、何か言おうとする。
「アテナ……実は……ルシエルは…………」
クルルルッピッピーーー!!
聞いたこともない、鳥の鳴き声のようなものが唐突にした。驚き、振り向く。
「おお!! アテナ!! やっと目を覚ましたか! 良かった、良かった。え? なんだ? なんで泣いているんだ?」
え?
「まったくもー、心配させやがってー。オレがどれだけ心配したか。もの凄い探し回ったんだぞー。 まあ、結果オーライだな。全員無事で良かったよ。あっはっはっは! しかしーー、アレだなーー。アテナはまったくもうアレだなー、心配ばかりかけさせよってからにー! まったくもー」
聞き覚えのありまくる声。振り向くと、なんとそこにはルシエルの姿があった。しかも二重に驚かされた。ルシエルは、なんだか見たこともない馬並に大きな鳥に跨っていたのだ。
「アテナ。言いそびれてすまない。実は君の名前を、ルシエルからは聞いていなかった。ルシエルには、一緒に旅している仲間を探してほしいとだけ頼まれてね。名前や特徴を聞こうとしたんだが、ルシエルは、そのまま急いで飛び出して行ってしまって、その暇もなかった。だから落ち着いたら、君にちゃんと確認するつもりだったんだが……やはり、君達がルシエルの仲間だったんだな。混乱しているだろうから、これまでの経緯を説明しよう」
「ぜ……是非、お願い……」
私は顔を引きつらせながら、こたえた。
どうやら、ルシエルは私たちと別れたあと、水と食糧を探して随分と荒野を徘徊したらしい。そして、私たちと同じく力尽きた。もうだめだって思った所で、ルシエルも偶然通りがかったナジームに助けられたそうだ。それで、ルシエルはナジームに私たちの捜索を頼んだ。
そうなると、ルシエルが水探しをすると言って別行動をとった事は、正解だったのかもしれない。だって、もしもルシエルがナジームに出会ってなくて、私たちの捜索を彼に頼んでいなければ、私達はその後誰とも遭遇できず、旅はそこで終わっていた可能性が高い。それは、誰が考えても明らかだろう。
ひーーーん。かなりあぶなかったよーー。
因みに、今のルシエルの状態を説明すると、出て行ってから暫くして、ここへは一度戻ってきたらしい。それで私達がすでに無事救出されていて、命に別状が無いというのを確認するやいなや、私が目を覚ますまでの間、それまで気になって仕方が無かったナジームの連れていたこの大きな鳥に、騎乗させてもらっていたという事だ。それで、辺りを走り回っていたっていうから、もう驚きだ。
ナジームはルシエルが一度帰って来た時に、私達が探していた仲間かどうか、確認しようとしたらしいけど…………
大興奮しているルシエルは、そんな暇もなく大きな鳥に乗って凄い勢いで何処かへ行っちゃったみたい。はあーーーーため息。ルシエルらしいと言えばルシエルらしいんだけど、なんだか怒りも込み上げてきた。
「もーー!! ルシエルこそ、私をこんなに心配させてー!! ルシエルったら、ルシエルったら!」
「いたたたたたた!! 痛いってアテナ! そんな叩くなよ! やめろって! おいっ……あれ? くすぐるな……あへ! あへへへへ! やめろ!! くすぐるなってえええ!! あへへー!! おへへっへっへーー!!」
私はルシエルをくすぐりながら、思った。許さない。絶対ゆるさない。こんなにも私を心配させるなんてーー!
――――――ルシエルは笑い死んだ。
「ナジーム。本当に私たちを助けてくれてありがとう!! あなたには、感謝してもしきれない。本当に……なんて言ったら……」
「はっはっはっは。君たちは、見てて飽きないな。なんていうか……楽しい。まあでも、もう今日の所は、疲労も溜まっているだろうし、ゆっくり休みなさい」
いつの間にやら、夜になっていた。空が澄みきる荒野の夜は、いくつもの星が見えてとても綺麗だった。そして、会話を続けているとすっかり辺りは冷え込んできた。昼と夜とでこんなにも気温が違うなんて。本当に私が育ったクラインベルト王国とはなにもかも違う。過酷な環境だけど、楽しい。クラインベルト王国から、このガンロック王国へかつて旅した、リンド・バーロックも私と同じ、こんな気持ちになっていたのだろうか。
毛布に包まって、暫く焚火にあたっていると、さっきルシエルが騎乗していた足と首の長い大きな鳥が、私の髪の毛をクチバシでつついてきた。
「いててて」
「こら、ピッチ―。やめなさい。客人をつついては、いかん」
クルウッピー!!
「あはは。この子、ピッチーって言うんだ。可愛いーー、それに触るとフサフサして気持ちいい」
「ああ。君はその鳥を、初めて見たって感じだな」
「うん。クラインベルトには、いない鳥だよ」
ナジームは、私と会話しながら、鍋にミルクを入れて焚火で温めだした。そして、少ししたところでその鍋に、紅茶の茶葉と生姜、砂糖を入れて煮込み始めた。
しっかりと、茶葉を煮込むと、カップを3人分用意する。そこに茶こしを使ってそれをこしながら注いだ。
「はい。飲みなさい。身体が温まるから」
「――――いい香り。茶葉をミルクで煮込む飲み物って、私初めて飲むわ。頂きます」
――――なにこれ!! 美味しい!! そして、凄く落ち着く。こんな夜の荒野でキャンプして、焚火の前で満点の星空を見ながら、お喋りしてこんな飲み物を頂くなんて、物凄い贅沢なんだけど。
束の間の幸せ――――
「物凄く美味しい飲み物だけど……これ、なんて飲み物?」
「うん? チャイだよ。チャイという飲み物だ。見た通り、紅茶をミルクで煮込んだだけのものだが、味は最高だ」
「いくらでも飲めそうだよ。凄く美味しい。…………できれば、今テントで眠っている、ルキアとカルビにも飲ませてあげたいんだけど……いいかな?」
「ああ。勿論だとも。ルキアとカルビには、起きてきたらチャイを入れてあげよう。あと、腹も減っているだろう? 丁度ここにパンがある。もちろん、皆の分はあるから遠慮なく食べなさい」
私は、ナジームの厚意に甘えてまくってしまった。
「何から何までありがとう! ナジームって、凄く優しい人だから安心した」
「はっはっは。別に優しくはない。当たり前の事をしているだけさ。 それで…………君たちは、何処からきた?」
「私達は……」
「うんめーーーー!!!! オレ、これ気に入ったぞ!」
いつの間にか、ルシエルが復活していた。何か言っているけど、無視してナジームとの会話を続けた。
「うん。私たちは隣国のクラインベルト王国からやってきたの。冒険者として、色々な場所を見てみたくて……それで、旅をしているの」
「ほう。それは、いい。俺も行商人だ。色々物を売り買いして旅をするが、旅はいい。色々な事があったり様々なものを見たり経験したり、気持ちを豊かにさせる」
「うん。私もそう思う。そして今、ナジームのキャンプにお邪魔させてもらっているけど、私はキャンプも大好きなの。それで、色々な国の色々な場所を旅してキャンプもしてみたいから……一応、冒険者だけどそんな訳でキャンパーとも名乗ってます!」
「それで、こんな荒野をテントやら背負って旅していた訳か。……それにしても、キャンプ好きでキャンパーとはな。はっはっは。それはいいな。そういうことなら、俺も一応はキャンパーだ。行商の日々だ。テントやキャンプ用品はいつも持ち歩いているしな」
ナジームと、そんな話しで盛り上がってしまった。すっかり、身体の方も調子を取り戻した感じもする。
私は、この綺麗な星空の下のキャンプで、すぐに眠ってしまうのが、なんだか無性にもったえなく思えた。だから、この後も遅くまで起きて星空を眺めていた。
ルシエルは、途中で眠くなって潰れちゃったけど、ナジームはそんな私が眠るまで、話をして付き合ってくれた。
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〚下記備考欄〛
〇リンド・バーロック 種別ヒューム
今はもう亡き昔、いた冒険作家。アテナは彼が書いた本を愛読していて、多くの影響を受け感化された。とりあえずその彼の旅した場所を自分もしてみようとトレースしている。
〇クルックピー 種別:魔物
鳥の魔物で、シルエットはダチョウに似ているかも。しかし、ダチョウと比べると羽根は多くフッサフサで丸みがある。他の鳥のように羽ばたく事はできても、飛ぶ事の出来ない鳥。だけど、足は速く大きい鳥なので人が騎乗する事もできる。ガンロック王国ではクルックピーが多く生息しており、人々の移動手段として馬よりも親しまれている。
〇ピッチー 種別:魔物
ナジームの連れているクルックピー。とても利口で愛らしい。ナジームとは行商の良いパートナーだが、既にルシエルとも仲良し。
〇チャイ 種別:飲み物
ガンロック王国で、凄く親しまれている飲み物。手鍋に砂糖と生姜、それに茶葉とミルクを入れて煮詰めて作る飲み物。人によったら、そこへシナモンやバニラのようなスパイスや、蜂蜜など入れる場合もある。うっひょー、美味しそう。夜、読書しながらチャイとか、いくらでも飲めそうです。




