第669話 『ボディーケア その6』
とても暑いホットルームで、思い切り汗をかいて行ったケアの名称は、岩盤浴と言うのだそうだ。
その後も、また寝台の上に乗せられ顔をパックされたり、全身に特製の蜂蜜を瑠られたり、大量のワインを使用したお風呂に入ったりした。
なんとなくそれらのケアが、私を材料にして料理する為に味付けされている感覚で、このまま何か巨大で恐ろしい何かに食べられてしまうのでは――なんて訳の解らない事を考えてしまったりした。
だけど交易都市で、そのような事が起きる訳もなく、全てのケアが終了した。
「これで全てのケアが終了になります。お疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます。スキルラさん。とても気持ち良かったですし、身体もとても軽くなりました」
「お肌もとても綺麗になりましたよ。後はしっかと水分を取って、今日は早めにベッドにお入りになってしっかりと睡眠をとってください」
「はい、今日はそうさせて頂きます」
そう言うとスキルラさんは、にっこりと笑い深々と頭を下げた。人に頭を下げられるなんて慣れていないので、こちらも深々と下げてしまった。
セシリア、ローザとフロント前に行くと暫くしてシェルミーとファーレが現れた。二人もケアが終了したしようだ。
「どうだった、三人とも。身体の疲れも取れて全身リフレッシュできたでしょ?」
セシリアとローザは、共に笑顔でシェルミーに頷く。
「とても気持ち良かったわ。それにこのお肌……とても水々しい感じになって潤っているわ」
「疲労も全部とれた感じだ。旅や、盗賊との戦闘など続いていたしな。足のむくみも完全にとれて、まるで背中に翼でも生えたかのように身体が軽い。だがあの施術内容から察するに、恐らく飛び上がる程高額だろうな。だからあまりケアを受けるのは、気が進まなかったが……今となっては、二人に感謝したい気持ちだ」
「わ、私もです。とても気持ち良くて疲れが無くなりました。これなら『闇夜の群狼』が現れても、直ぐにでも戦えますよ。ちょ……ちょっとケアを受ける時に何も身に着けず裸のまま……っていうのは、正直驚きましたが……それでも良かったです」
私がそう言ってシェルミーとファーレにお礼を言うと、二人は顔を見合わせて笑った。セシリアとローザも笑っている。
「え? え? な、なんですか? 私、何か可笑しなことでも言いました?」
困って皆に聞くと、ローザがなぜ皆が笑っているかを教えてくれた。
「すまん、テトラ」
「はい?」
「岩盤浴の所で、流石に気づくかなとも思ったんだがな。実は、私達は皆バスローブや、専用の施術着を身に着けてケアを受けていたんだ」
「え? でもスキルラさんは?」
「いや、別に裸でないと駄目って訳でもないが、普通は恥ずかしいだろう。だからここにいる客は皆、風呂以外は何かしらでちゃんと隠すべきところは隠していたようだぞ」
「ええええ!!」
シェルミーが、笑いながらも続ける。
「アハハハ、テトラが可愛いからきっとスキルラさんに遊ばれていたんだね。でもいいじゃないのかな。このフロアには殿方はいないしね」
「そ、そういう問題じゃないですよ!! ど、どうりでタオル一枚くれないと思っていました……ううー」
頬を膨らませると、セシリアが隣にきて人差し指で私の頬を突いた。折角怒って見せたのに、私の膨らんだ頬っぺたはセシリアの指先一つで完全に消沈してしまった。
でもこれで、身体は完全回復した。
明日の朝、起きたらシェルミーの部屋に皆集合して、それから『狼』を見つける為の情報を収集する活動を開始できる。
「ふ、ふああ……あ」
あくび。限界が近づいてきている。でもそれは、皆一緒のようだった。食事もケアも終えた私達は、もうかなり強烈な眠気に襲われていてしまっていた。
「それじゃ、皆さん。また明日の朝ですね」
「私の部屋は3602号室だからね。テトラ達の部屋がある階は35階。つまり1階上の部屋に、私とファーレは宿泊しているから。そのまま朝になったら、訪ねてきれくれればいいから。それじゃ、お休みなさい」
『おやすみなさい』
私達はエレベータに乗り込むと、35階で降りてシェルミー、ファーレと別れた。そしてフロアで、セシリアとローザとも別れて、それぞれ自分の部屋へと戻った。きっと皆、本当にもう眠気が強くなってきていて限界に近づいているのだろうと思った。
私は一人、自分の部屋3507室に戻ると、早速そのままベッドに倒れ込んだ。
眠い……
眠くて……もう……
抗う事もなく、私の意識はどんどん遠くなってそのまま眠ってしまった。
――――暫くして、気が付いた。
誰かの声がしたような気がしたから……だけど、目を開けても暗闇の中。それで自分はまだ目を覚ましてはいないという事に気づく。ここは、夢の中……
虚ろな意識の中、暗闇の中で呆然としていると今度ははっきりと声が聞こえた。
「…………テトラ…………テトラ」
「だ、誰ですか? 私の名前を呼ぶのは誰ですか?」
聞き取りづらい声。だけど何処かで聞いた事のある女の人の声。
呆然としていたが、声を聞くと暗闇の中を手探りでここが何処なのか調べた。夢の中だとは思うけれど、まるで現実のような感覚……これはもしかして……
すると間も無くして、周囲がだんだんと明るくなってきた。そして暗闇の世界から、ただただ真っ白い光に包まれた世界へと変わる。
戸惑っていると、目の前に一匹の兎が現れた。あのルビーのような赤い目をした兎――あれはレティシアさんの連れている土の精霊、ラビッドリーム。
そういえば、ラビッドリームはまだ私の中に入りこんだままだった事を思い出した。




