第668話 『ボディーケア その5』
入口には、『ホットルーム』と記されていた。
「ホ、ホットルームっていったい……」
呟くと、スキルラさんは説明してくれた。
「このお部屋では、中に入りそこで横になれるようになっています。そしてお部屋の中は、結構な暑さになっておりますが、そのまま寝て頂いて大丈夫です。私達がしっかりと管理しておりますので。しっかりと汗をかいて、肌だけでなく身体中の老廃物を輩出してください」
「ろ、老廃物ですか?」
「はい、そうです。さあ中へどうぞ」
ドアノブを掴み、ホットルームへの扉を開ける。すると中から物凄い熱気が向かってきた。思わず、うってなる。
「あら、テトラ」
「ああ、テトラじゃないか!」
「セシリア、ローザ!!」
中に入ると、二人が既にいて部屋の中で横になっていた。しかも二人ともバスローブを着ている。私は慌てて身体を隠そうとしゃがみ込むと、セシリアは大笑いした。
「あはははは、なぜ? あはは、なぜあなたは、裸なの? どうしたの? どうして、いちいちそうやって私から笑をとろうとするのかしら。コメディアン? もしかしてメイドを引退して、コメディアンになろうとしているの?」
「っもう!! それは私の担当をしてくださっているスキルラさんが!! 着るものを下さいって言ってもくれなくて……タオルすらくれないんです!!」
「あははは、傑作。でもいいんじゃない、折角のダイナマイトボディーなんだから、見せびらかせばいいと思うわ。面白いし」
「み、見せびらかすって……それに、ううーー、面白くもないですよ!」
頬をプーーっと膨らませて馬鹿にするセシリアに反抗して見せると、セシリアは体勢を変えて私の身体を覗き込んできた。
「やめてください、セシリア!! 恥ずかしいですから!!」
「あはははは、ちょっとテトラ、大事な所が丸見えだけどいいの?」
「もおおお!!」
「おいおい、やめないか! この部屋はただでさえ暑いのに……」
「だって、セシリアが……スキルラさん、こうなるんで私にもバスローブをください」
振り返ってそう言うと、私をこの部屋まで案内してくれたスキルラさんの姿はなかった。どうやら、部屋の外で待っているみたい。そう言えば、部屋の外には他にスタッフの人がいた。きっとセシリアとローザについている人。
この部屋はかなり暑いので、彼女たちが部屋の外で待っているのはとうぜんだった。ローザが自分の隣をポンポンと叩いた。
「テトラ。いいから、こっちへ来てここで寝転がるんだ」
「で、でも」
「幸いこの部屋を今使っているのは、私達3人だけだ。シェルミーとファーレは、まだオイルマッサージを受けているみたいだしな。どうも長めにやってもらっているみたいだ。私達は、私達で楽しもう。さあ、こっちへきて横になれ」
「……はい」
仕方がないのでローザの隣に座り、そこで横になった。仰向け。でもやっぱり落ち着かない。セシリアやローザはバスローブを着ているからいいけど、私は何も身に着けていないのだから。ローザが言った。
「しかしあれだな。この部屋は面白いな」
「え?」
「この暑い熱気を帯びた部屋で身体の老廃物を輩出すると共に、身体の血行促進をさせてケアするらしいが……今寝転んでいる床を触ってみろ?」
「え? あ、はい。あれ、これは石?」
「さっき私の担当についてくれたスタッフに聞いたのだがな、これはヨルメニア大陸南部にあるキラウォロ火山から持ってきたものだそうだ」
「え? 火山からですか?」
「そうなんだ。キラウォロ火山は、活火山でよく噴火する事でも知られている。テトラやセシリアも名前くらいは、耳にしたことがあるだろう」
「それは流石にあるわね。よく噴火する火山としても有名だし、噴火する度にそのニュースはクラインベルト王都にも流れてくるから」
セシリアは当然知っていると思った。もちろん、私も名前くらいは知っている。
ローザは、今私達が横になっている床の素材、石がそのキラウォロ火山から持ってきたものだと言ったけど……
キラウォロ火山と、この交易都市リベラルまでの距離はかなりあったはずだし、こんな大きな石をそこからわざわざ運ぶのも大変だろう。じゃあ、いったいどうやって……
ローザは石についての説明を続けた。
「それで非常に興味深いと思ったんだがな、実はこの床になっている石。これはそのキラウォロ火山から流れ出した溶岩が固まったものだそうだ」
「ええ!!」
セシリアは特に驚いていない。きっとローザがこの話を聞いている時に、横で一緒に聞いていたのだろう。
「驚きだろ? その溶岩には、どうも熱を帯びて特殊な力を持つマグマンド鉱石や、その他の色々な力を持った鉱石も溶け混ざっているらしくて、これがもの凄く身体によい熱を発生させるそうだ。つまり、その固まった溶岩を伐り出してそれをリベラルまで持ち帰り、加工してこの高級ホテル20階にあるホットルームの床に使用しているんだ。これって物凄い事だと思わないか」
「は、はい!! この床、そんなに凄いものだったんですね! 確かに凄いです!」
ローザの話を聞いて、本当に凄いと思った。なんとなく、横になりながらも床を手で何度も触ってみる。加工されていて、スベスベしている。
交易都市リベラルで、私はキラウォロ火山の溶岩の上で横になっている。それもまた考えると不思議だなって思った。
そんな話をしながら私達は、このホットルームでこのまま1時間程横になっていた。そして私は、また知らず知らずのうちに眠ってしまっていた。
ローザに起こされて目を覚ますと、セシリアが目の前にいてじっと私の身体を見ていた。
私は悲鳴をあげると、立ち上がってセシリアから距離をとろうとする。すると、ふらついて倒れかけた。でもローザが抱きかかえてくれる。同時に、ローザやセシリアもそうだけど、自分が異常な位の大量の汗をかいている事に気づいた。
セシリアは、私が寝ている間にきっと何かよからぬ事を私にしていたはずなのに、いっこうに悪びれる様子もなく微笑んで言った。
「ふう、すっかりゆったりして汗を流したわね。喉もカラカラだし、そろそろ部屋の外へ出ましょうか」
私とローザは頷いて、3人でホットルームを出た。
出入口のドアを開いた瞬間、外の涼しい空気が入り込んできて、それを身体全身で浴びた私は、なんだか生き返ったような感覚になった。




