第662話 『グランドリベラル その10』
ミルトと、ダンスをするしかないと思った。それでミルトの手を取り、頑張って合わせたけれど……上手くできないし、ミルトの足を何度も踏んでしまった。
シェルミーやファーレは見事に、お相手の男性とダンスを踊っている。それは、周囲のテーブルで食事している他のお客さんが、見惚れてしまう位だった。
ローザもそうだった。もともと王宮騎士である彼女は、そういう社交界の場にも出なくてはいけない場合もある。だからそういうスキルを、身に着けているのだと思った。
そして意外なのはセシリアだった。上級と下級の違いはあるけれど、彼女は私と同じ王宮メイドだった。なのに完璧にダンスをこなしている。いったいどうしてセシリアは、こんなダンスのスキルを身に着けてたのだろうか。解らない。
ムギュッ
「すすす、すいません!」
「い、いや、いいよ。気にしないで」
また、ミルトの足を踏んだ。最初はにこにこしていたミルトだったが、流石に顔が引きつってくる。
「ごごご、ごめんなさい! わ、わわ、私なんかがお相手で気を悪くさせてしまいました!!」
「そんな事はないよ。誰でも最初はこんなものさ。それに、徐々にだけど上手くなってきた」
「そ、それは嘘です!」
「嘘じゃない、ホントさ! 僕は、嘘はつかないよ。特に、君のような素敵な人に対してはね」
え!?
私と目をじっと見つめるミルト。え? こ、この雰囲気……これって……
ダンスをしながらも、ミルトの顔が私の顔にゆっくりと近づいてくる。唇。え? このままじゃ……
動揺して、ミルトの胸を少し押して距離を取る。それでもミルトは、私の目をじっと見つめている。私はそのミルトの目から視線を外して、セシリアやローザの方を見て助けを求めた。
すると二人とも物凄い顔でこちらを見ていた。見ながらも、器用にダンスをしている。セシリアは、踊っている相手の男性に表情を気づかれないようにして、目と口を大きく開いて驚いているという事を全力でアピールしていた。ローザも同様。
でも私だって同じ位、同様している。ううん、私の方がもっとだと思った。だって私はこれまで、男の人とお付き合いした事もないし……だから当然キスだって……
「テトラ、僕は君が気に入ったよ。良かったら、今夜僕に付き合って頂けないかな」
ミルトはそう言って、物凄い圧力で迫ってくる。顔を近づけてくる。ミルトの唇は、次第に尖ってきていたので、私はなんだか怖くなり始めてミルトを思い切り押した。
ギュッ
「うっ!」
「ご、ごご、ごめんなさい! わ、私」
「はっはっはっは。テトラは、随分と恥ずかしがりやなんだな。でも可愛らしくて僕好みだ」
再び、私の手と肩を掴もうと腕を伸ばしてきた。一瞬、避けようとしてしまったけれど、重要な事を思い出す。そう言えば、ミルト・クオーンは、十三商人の一人。十三商人の中に、『狼』が潜んでいる。
だから私達は、十三人を一人一人調査して、『狼』を見つけ出さなければならない。だからミルトが私を気に入って迫ってくるシチュエーションは、本来は望ましいはずだと思った。
「はっはっは、テトラ。綺麗な栗色の長い髪。そしてその愛らしい三角の耳とフワフワの尻尾。僕はどうやら、君の虜になり始めてしまったようだ」
「ええ!? さ、さっき初めてお会いしたばかりですよ!!」
「突然始まる恋もあるし、愛に時間はないのさ。テトラ……」
「ひ、ひいいいい!!」
ミルトに抱き留められると、再び私の顔にミルトの唇が迫る。ど、どうしよう!!
ドンッ!!
「きゃっ!!」
「うおっと!!」
男性に本気で好きだと言われた事もなかったので、一瞬ドキッとしたけれどやっぱり身体が拒絶した。
でも『狼』を見つけ出す為には、ミルトともっと仲良くなって、色々と情報を聞き出せればそれが最良なんだろうけど……
そのまま迫られて、やっぱり正解が解らないうちに軽はずみな事はできないと、再び拒もうとした所で後ろから誰かにぶつかられた。
それでホッとした。私とミルトは、その場に倒れて私は彼から距離を取ることができた。
「す、すまない! ちゃんと周りを見ていなかった」
「ごめんなさい、ちょっとふらついてしまってぶつかってしまったわ。ワインを飲み過ぎてしまったせいかしら」
セシリアと、その一緒にダンスをしていた男性だった。私のピンチを察して、わざとミルトにぶつかってきてくれた。私は声に出さずに、口の動きだけセシリアに見せて「ありがとう」と伝えた。
するとセシリアは何喰わす顔で、私の手を掴んで立たせてくれると、同様にミルトにもそうして立たせた。
「私達、長旅の末このリベラルに辿り着いたばかりですわ。ですので、テトラも疲れてしまって」
「あ、ああ。そうなのか。なるほど」
「そうなの。ですから、また改めてあなたの所へ改めて伺わせて頂けますか?」
「ああ、もちろん。僕はこんなに可愛い人を初めて見たよ。まるで天使だ。はっきり言うけど、テトラは僕の理想の人だ。この出会いをきっかけにしたい」
え? ええ!! きっかけ!? きっかけって、なんのきっかけ!?
『狼』を探し出す計画から、大変な事になっていっている。私はセシリアに助け舟を求める。しかしセシリアはまったく涼し気な表情で言った。
「兎に角、テトラも私も疲れています。ですので残念ですが、今日のところはこの辺でお部屋に帰らせて頂きますわ。また落ち着いて、お話致しましょう」
「ああ、そうか。残念だが、それなら仕方がない。それじゃあまた明日。テトラ、約束だよ」
私はセシリアの陰に隠れるようにして、ミルトに頷いて見せた。
こ、これは困った。こういう役は、絶対にセシリアの方が適しているのに……
「良かったわねテトラ。これであなたがミルトと結ばれれば、『狼』の情報やリベラル十三商人のうち一人だけれど、全面的な協力が得られるわよ」
「そ、そんなーー! それは嫌ですーー」
私達のやり取りを直ぐ近くで見守っていた、ローザとシェルミーとファーレ。
シェルミーが、食事も終わったしこの辺で一度部屋に戻ろうと言ったのでそうする事にした。




