第658話 『グランドリベラル その6』
「それじゃ、お姉さん達またね」
ジョニーに手を振る。少年は、ラウンジでまっている両親のもとへ行ってしまった。
私達は、広いラウンジの中をぐるっと見回した。凄く心地の良いピアノの音色、そして落ち着いた内装にお洒落な芸術品。ピアノとステージを囲むように、あちこちにソファーやテーブル席があって、そこにフォーマルな服装に身を包んだ人達が思い思いに楽しい時間を過ごしている。
素敵なピアノの演奏を聴きながら、親しい人とお酒を飲んだり食事をしたり……バーカウンターまで備えつけられていて、そこにはバーテンも立っている。
バーテンってワードで、いつかの王都のスラムにあったセシリアと二人で乗り込んだ酒場を思い出した。けれど、同じお酒を飲むところであっても、あのゴロツキの溜り場とは、全く正反対だなと思った。
そう言えば、シャノンはどうしただろう。ルーニ様救出の為に、トゥターン城に乗り込んだ時に戦いになった。
その後、シャノンはスカーという傷の男と、リトルフランケという大男と共に逃げ去った。つまり他のアーサー・ポートインや、誘拐に関与した『闇夜の群狼』の者達のように、逮捕はされていない。まだきっと何処かにいる。
シャノンには、利用され裏切られまでした。だけど私がクラインベルトの王宮メイドになった時から一緒に働いてきた同僚だし、心の内はどうであれ、よく親切にもしてもらった。今となっては、どうしているだろうと気にはなっている。
ローザが、キョロキョロと辺りを見回して呟いた。
「ここでシェルミーが待っているって言っていたが……思っていたよりも広いし、客が多くて解らないな。踊り子のかっこでいてくれれば、簡単に見つけられたかもしれないが……」
シェルミーも、私達のようにドレスアップしている。
3人でラウンジ内を彷徨っていると、男の人が3人こちらに近づいてきた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「失礼だけど、君達……待ち合わせかな?」
敵でも見るかのようなローザと、仮面のように全く表情の変わらないセシリア。二人の表情から察すると、これはもしかして……ナンパ!?
ナンパだとしたらどうしよう!! 私は今まで一度もナンパなんてされたことがない。セシリアやローザならそういう経験が豊富にあるだろうし……とりあえずここは、二人に任せようと思った。ローザが前に出る。
「待ち合わせているが、それが何かお前たちに関係があるのか? むぐっぐ!」
慌てて、いくらなんでも攻撃的すぎるローザの口を塞ぐ。すると今度はセシリアが、男達の顔を見て言った。
「ごめんなさい。申し訳ないけれど、私達はこれから予定があるの」
「て、手厳しいな。こう見えても僕達は貴族なんだよ。貴族の息子。僕達に誘われるなんて、結構君達はついているんだよ。なあ?」
「そうだな。これから一緒に酒でも飲もう。君達も3人だし、僕達も3人だ。いいだろ?」
「良くないわ。それについているとも思わない。どちらかというと、アンラッキーかしらね」
「な、なんだと!?」
「ちょっとどいてくれるかしら? 聞き取れなかったようだからもう一度言ってあげるけれど、私達は先約があるの。ごめんなさいね」
セシリアとローザの態度に、男の一人が怒りを見せたが、他の二人がまあまあっと言って止めてくれた。
二人共、わざわざ火に油を注がなくてもいいのに……
セシリアとローザは、つんとした態度で話しかけてきた3人を押しのけるようにしてこの場を離れたので、またさっき怒りを見せた男が舌打ちをした。
私は、ここでトラブルは避けたいと思い、振り返って3人に何度も頭を下げた。すると、他の2人は頭を摩って申し訳なさそうに、私に頷いて見せた。
うう、これから大事な使命があるのに、その前に無用な問題を起こしてどうするんだろうと思う。セシリアもローザも、私より遥かに頭もいいしなんでもよく知っているのに、たまに感情的になる。
だからこういう時は、私がしっかりとしないと……なんて、ちょっとえらそうな事を少し思ってしまったので、それをぐっと呑み込んで特にセシリアに悟られないようにした。
するとローザが傍にきて、囁いた。
「すまない」
「え?」
「もっとテトラのように、振る舞うべきだったと思う。敵の親玉を探している時に、波風立てる事がどういう事か解っているはずなのに、行動が伴っていなかった。この通りだ、反省している」
「え? いえ、そんな!! ローザ、謝らないでください!! ほ、ほら、あの人達ちょっとしつこそうでしたし、ローザとセシリアがはっきりと嫌って態度に示してくれたから、ズルズルといかなくて良かったと思いますよ。ひゃあああっ!!」
セシリアにお尻を触られた。変な声をいきなりあげてしまい、周りの人たちに注目を浴びてしまった。
「も、もう!! セシリア!! それは駄目ですよ!! また、無駄に目立つようなことをして!!」
「そうかしら。私はちゃんと考えて、あなたの可愛くて大きなお尻を触ったのよ」
「ちょ、お、大きくなんてないですよ!!」
頬を膨らませてセシリアに迫ると、セシリアは向こうを指さした。指したその先のテーブルには、赤いドレスを着たシェルミーが座っていてこちらの様子を見て笑いながら手を振っていた。
も、もしかしてシェルミーに見つけてもらうために、セシリアは私のお尻を……
「フフフ、あなたの考えている通りよ。あとあえて付け加えれば、お尻を触る必要もなかったのだけれど、テトラの顔が何か偉そうな事でも考えている時の顔をしていたから……かしらね。どんな事を考えていたのかは、おおよその見当はつくけれど……それは敢えて言わないでおくわ」
セシリアは微笑を浮かべてそう言った。
うううー、自分の考えている事も行動も全部、セシリアには見透かされている気がする。なんだかそれが、まるで私がセシリアの玩具になってしまっている気がして、やるせない感じがした。
でも最初はやられてばかりの私だったけれど、最近は、セシリアにも反撃している気がするので、ちょっとだけど……少し逞しくなったと、自分を褒めてあげた。




