第657話 『グランドリベラル その5』
私の部屋のドアを、誰かがノックした。するとアローは、私の胸元から抜け出してバサバサと窓の方へと羽ばたいて行った。
「ア、アロー!!」
「とりあえずリベラル十三商人の中に『狼』がいるのは、間違いありませんよ。僕は引き続きリッカーを調べます。レティシアに接触したければ、十三商人の興行師と名乗るボム・キングという男に会いにいけばいいですよ」
「で、でも……」
「大丈夫です。土の精霊、ラビッドリームは、まだあなたの中にいます。何か緊急の事があれば心の中で、僕の事を念じてください。それではまた後程」
バサササッ
アローはそう言って、羽ばたいて行ってしまった。その間も何度か部屋のドアをノックする音が聞こえていたので、私は急いでドアを開けた。するとそこには、綺麗にドレスアップしたローザとセシリアの姿があった。
「き、綺麗ですね、二人とも……」
「あ、ありがとう。だが、あまりマジマジと見ないでくれ。少し照れる」
「でもローザもとても綺麗です。さっきまで女盗賊の格好をしていたから、余計にギャップを感じますね。でも、もちろんセシリアもですよ。シェルミーが用意してくれたドレスでしたが、ホテルにあった新しいドレスに着替えたんですね。綺麗です」
「知っているわ」
「へ?」
「わざわざ言われなくても、自分が綺麗だって知っているから」
いつもの事だけど、唖然とする私とローザ。するとセシリアはフフっと鼻で笑って続けた。
「冗談はこの位にして……さっきまで誰かと話していたようだけれど、もしかしてアローと?」
「ええ!? な、なぜセシリアは私がアローと話していたって解ったんですか!?」
「ドア越しにアローの声が少し聞こえたし、部屋の中にあなた以外誰もいないのであれば、少し考えれば察しがつくでしょ。それにほら、窓も開けっぱなしになっているようだし」
セシリアの高い観察力を、改めて思い知らされた。
「それじゃ、準備をして行きましょうか」
「え? 何処へですか?」
「これから食事にするのよ。さっき私達の部屋にメイドが着て、シェルミーからの伝言だと言われたわ。彼女は、40階ラウンジで待っているそうよ」
ラウンジ。あまり聞きなれない言葉だけど……レストランみたいなものだろうか。
「わかりました。それじゃ途中だったから、すぐにお化粧をして支度しますので、部屋に入って待っていてください」
「それなら、私が手伝うわ」
セシリアとローザを部屋に入れると、私はセシリアに手伝ってもらってお化粧をした。その際にセシリアは、私の長い後髪を巻き上げてくれた。いつもそんな感じにはしないので、まるで自分が別人になったかのようでドキリとした。
準備ができると私達3人は、揃って綺麗なドレスに身を包み40階ラウンジへと向かった。移動手段は階段ではなく、またあの移動する物置……っていうか小部屋を利用した。
私達の部屋があるのは、35階。シェルミーが待つというラウンジが40階だから、今いるフロアから5階上にあがればいい。
移動する小部屋に入ると、既にその中には男の子が乗っていた。男の子は、10歳位だろうか? タキシードを着ている。
何気なくその子を見ていると、目が合った。
「僕がエレベータのボタンを押してあげる。お姉ちゃん達は何階に行きたいの?」
「エレベータ?」
「この今僕らが使用しているこれの事だよ」
この移動する小部屋は、エレベータというのだと知った。
「そ、それじゃ40階をお願いします」
「それなら、僕と一緒だ。それじゃボタン、押すね」
40階と表示されたボタンを少年が押すと、ゴゴゴと移動する小部屋……じゃなくてエレベータが動いた。
「もしかして、お姉ちゃん達、エレベータに乗るの初めて?」
「え? ええ。初めてです」
「ふーーん。お姉ちゃん達、3人とも物凄く綺麗だけど、何処かの有名な貴族令嬢か何か?」
「え!?」
少年の言葉に、あからさまに動揺する私とローザ。
ローザはでも騎士であり貴族だけど、私なんて辺境にある村に住んでいた村人のだったし、今は王宮に勤めていると言っても、沢山いるメイドの一人に過ぎない。だから少年にそんな事を言われて、かなり戸惑ってしまった。
私が貴族令嬢に見えるなんて、信じられない。すると、セシリアが淡々と答える。
「ええそうよ、私達はとある王国の貴族令嬢よ」
ええええーー!! 幼気な少年に平気な顔をして、すらすらと嘘をつくセシリアを見て驚いた。でもセシリアは悪びれる様子もなく続ける。
「そう言えばあなたも一緒だと言っていたわね。あなたもラウンジにようがあるのね」
「うん、ラウンジで食事をするんだ。そこで、僕のお父さんとお母さんも待っているんだ」
「そう」
チーーン
ベルの音。扉が開くと、沢山の着飾った人がいる賑やかなフロアに出た。ここがラウンジ?
「ここはフロアだよ。もっと奥に進むと、大きなドアがあるからそこを通った先がラウンジだ」
「そう、教えてくれてありがとう。あなたお名前は?」
「僕は、ジョニー。お姉さん達もお名前を教えてよ」
「私はセシリアよ。セシリア・ベルベット」
「わ、私はテトラです。テトラ・ナインテール」
「私はローザだ。ローザ・ディフェイン」
「セシリア、テトラ、ローザだね」
「それじゃジョニー、あなたがこれから向かうラウンジまで、私達をエスコートしてくれるかしら」
「うん、いいよ」
セシリアは、子供の扱いも上手いなーって思った。移動する小部屋……じゃなくてエレベータで偶然知り合った子とこんなにもう会話をして、ラウンジまで道案内をしてもらっている。しかもごく自然に。
私だったら、もっと不器用に頼み込んでとかだったろうなと思う。
気が付くと、私達は少年に誘導され奥にある大きな扉を潜り抜けて、とてもシックな感じのする大部屋に立っていた。
壁のほとんどがガラス張りで、何処にいても交易都市の夜景が見える。ううん、街の外まで。
そしてフロアの真ん中にはグランドピアノがあり、透き通るような水色のドレスを着た女性がとても綺麗な曲を演奏していた。
私は改めて、この高級ホテルの一泊分の値段がいったいいくら位するのか、震えながら想像してみた。




