第654話 『グランドリベラル その2』
小部屋に乗り込むと、3人のメイドも一緒に乗り込んできた。私達が3人いるから、それぞれ部屋を案内してくれるという事だろうか。想像を超えるVIP待遇に驚きを隠せない。
小部屋――入ってきた扉の内側近くに、いくつものボタンが並んだ版が張り付けてあった。これは、この小部屋を移動させる操作盤?
数字は42まである。っていう事は、42階まであるという事!? 確かに外から見てた時、想像を絶する大きなホテルだとは思ってはいたけど……
メイドが35と記されたボタンを押す。扉が閉まり、振動。セシリアもローザも一瞬、周囲をキョロキョロ見回していたけど、私もかなり顔がこわばっていたと思う。小部屋が上に引き上げられている、それを感じた。窓でもあれば、状況が解るかもしれないが周囲は板で囲まれている。
チーーン
またベルの音。そして、扉が開いた。
「35階になります。どうぞお降り下さいませ」
メイドが頭を下げてそう言ったので、私達は小部屋を下りた。本当に、ここは35階? でも小部屋に乗っている間、確かに上に引き上げられている感じはした。
「それでは、それぞれお客様のお部屋にご案内致しますので、こちらへどうぞ」
セシリア、ローザ、そして私。それぞれにメイドがついて、通路を歩く。通路には華やかな赤い絨毯が敷いてあって、所々に絵画や高価そうな花瓶が飾られていて、通路でさえ高級感を漂わせていた。
「あれ? セシリア、ローザ?」
二人とも別々の方へ案内されるのを見て、慌てて呼び止める。すると、私についているメイドが言った。
「おひとり様、一部屋でシェルミー様より承っておりますので、これからそれぞれのお部屋にご案内致します。お客様は、皆様35階のお部屋になりますので、後で直ぐお会いになれますよ」
「え? そうなんですか」
セシリアとローザはそれを聞いて、納得した様子でそれぞれのメイドについて行ってしまった。
「それじゃテトラ。また後程会いましょう」
「後で私から会いに行くから、部屋に案内されたら待っていてくれ、テトラ」
「わ、解りました。それじゃ」
こんなセレブな扱いも受けた事もないし、ずっとメイドの仕事を続けてきた。だからどうしても戸惑ってしまう。
「こちらでございます」
3507の表札。ここが、今日私が宿泊させてもらう部屋。
メイドは鍵を取り出し、それを使って部屋の扉を開けた。私も続いて中へと入る。目を疑った。
部屋はとても広くて、まるで王女様がお泊りになるような素敵な部屋だった。
「う、うそ……わ、わわわ、私、今日この部屋に泊まるんですか!?」
「はい、左様でございます。最上階のお部屋ではございませんが、眺めもいいですよ。よろしければバルコニーに出て、ご覧になられてください」
メイドの言うように、部屋の奥へと進んでバルコニーへ出てみた。
言葉を失う程、見事な夜景。間違いなくここは、35階だった。35階から見渡す交易都市リベラルの夜景はとんでもなく素敵で、夜でも眠らない街の無数の灯は、私にとんでもない感動を与えてくれた。
なんて素晴らしいのだろう。さっきホテルに来る前にリベラルの街に流れる川を見て、絵を描きたいと思った。
絵なんてそんなに描いた事もないし、才能があるわけでもないのに。でも、この感動をどうにか形にして残しておきたい、そんな気持ちにさせる光景。
私に絵を描く才能があれば、この瞬間の美しい風景を絵にして残したい。
「どうですか、お客様?」
「あっ! はい、とても素晴らしい風景ですね」
気が付くと、涙が流れていたので慌てて拭いた。
悲しみや痛みじゃなく、感動して自然と流れた涙。人は美しいものを見ると、心の底から感動しても涙が流れる事があるのだと痛感した。
「それでは、心行くまで当ホテルから見える美しいリベラルの夜景をお楽しみください。そして、もしよろしければ、40階へお越しくださいませ。そちらはラウンジになっておりますので、お食事やお酒をお楽しみになれますし、そちらでも夜景を楽しむ事ができます」
「ええ、ラ、ラララ、ラウンジ!? ラララ、ラウンジって!? え?」
「それと、こちらをご覧いただけますか?」
メイドはそう言って、部屋に備え付けられているクローゼットを開けた。中にはドレスなどとても高価そうな服や靴などかけられている。
「よろしければ、お召し物もこちらでお着換えください。踊り子の衣装も個人的には、とても素敵だと思いますが……他のお客様もいらっしゃいますので」
「で、でもこれ凄く高そうですよ」
「はい、きっとお似合いになられると思いますよ。シェルミー様も、今頃お着換えになられているはずです。では、私はこれで下がらせて頂きます。お部屋に備え付けられております設備や、物品は宿泊料金に含まれておりますので、ご遠慮なくお使いくださいませ。また何かありましたら、ご遠慮なくわたくしどもにお申し付けください」
「あ、あの……」
まごまごしている間に、メイドは部屋を出て行ってしまった。
……さて、どうしよう。
とりあえず、クローゼットに近寄って置いてある服を見てみた。どれも凄い高そう。それに下着も置いてある。私が普段身に着けているものと比べ物にならない位、高そうな下着。
その中でも特に気になったのを手に取ってみた。下着……手触りがよくて、ずっと触っていたくなるような生地を使用している。
「あれ、これは!!」
紐。下着と言うよりは、もはや紐だった。紐としか思えないものも置いてある。こんなの置いておいて、いったい誰が身に着けるのだろうか。
身に着けても、ほとんど下着の役目を果たしていないし……きっとはみでる……
そんな事を考えていたが、はっと我に返った。ホテルに来てから刺激が強すぎて、ずっと戸惑っている気がする。
リッカーの住処に乗り込んで行っていた時の方が、いくらか今よりも平常心だったなと思って凄く可笑しくなった。




