第652話 『大金持ちの娘』
「皆お疲れ様、着いたよー」
シェルミーの言っていた宿についた。でも私達が想像していたような宿ではなかった。これは……
「あ、あの、シェルミー?」
「なに、テトラ?」
「あの……今日はここに宿泊するんですか?」
「うん、そうだよ。ここが、今日私達が止まる宿だよ。テトラちゃん達が背負っていた大きな荷物は、別の場所で私の連れがちゃんと預かっているから安心してね。大丈夫、ちゃんと信用できる連れだから、勝手に荷物を漁ってテトラやセシリアやローザ、3人の下着を漁ったりとかしていないから……多分」
「え? た、たぶんってなんですか? たぶんって!?」
シェルミーに詰め寄ると、彼女は嬉しそうに白い歯を見せて笑った。もしかして、わざとそう言ったのかな? ローザが私とセシリアが感じていた事を代弁してくれた。
「ちょっといいか、シェルミー」
「え? どうしたの。とりあず話があるなら、宿にチェックインしちゃおうよ。それからでもいいでしょ? 食事は宿でも食べられるし」
「いや、そのな。先に言っておきたいことがあるんだけどな」
「え? だからなーに? 宿に入りながらに聞くよ」
そう言って宿に入ろうとするシェルミーの腕を、私とローザが掴んだ。そして、ローザが続けた。
「シェルミー。宿と聞いていたから、私達は一般的な宿を想像していたんだがな。はっきり言って、これは宿ではない」
「ええーー、宿だよ。ごく一般的な宿でしょ?」
ローザの口がパクパクしている。声が出ていない。セシリアは溜息を吐くと、ローザと選手交代とばかりに彼女が言わんとしている事をシェルミーに伝えた。
「いえ、ここはごく一般的な宿ではないわ」
何を言っているのか解っていない、シェルミー。でも私もセシリアやローザと同意見、同じ気持ちだった。この場で浮いているのはシェルミーただ一人。
「解ってないようだから、簡潔にはっきりと言わせてもらうけれど、シェルミー。あなたが宿と言っているこの建物は宿ではないわ。ホテルよ。しかも超高級ホテル」
そう! 私もその言葉が出てこなかったけれど、シェルミーが宿だと言って案内した場所は、お金持ちが宿泊するようなとても大きなホテルだった。出入口にはドアマンの他に、警備兵まで立っている。
「え? あ、ああ!! そうそう!! そうだね、そう言えば良かったね。うんうん。ごめん。正確に言うと、宿ではなくてホテルだったね。でも別に問題はないでしょ、ホテルでも。予約はもうロドリゲスに言って入れさせているから、さっさと中へ入ってゆっくりしましょ」
「ちょ、ちょっと待って!! そういう問題ではないわ。知っているでしょ? 私達はクラインベルトのメイドだって。王宮メイドでも、メイドはメイド。とてもこんな超高級ホテルに宿泊できるお金を持ってはいないわ」
セシリアに続いて、ローザもシェルミーに迫った。
「そ、そうだ! 私も騎士だ! 騎士団長を務めてはいるし、給料はそれなりにある方ではあるが、第一持ち合わせがないぞ! せめて、銀行があれば金を降ろす事はできるが……それでもこんな高級なホテルに泊まったら、いったいいくら取られるか……」
「そ、そうです! 私なんて、ぜんぜんお金ないですよ! 蓄えも無いですし……び、貧乏ですし……とても無理です!」
キョトンとするシェルミー。そして急にお腹をかかえて笑い出した。私達は、眉をひそめる。
「アハハハハ。ごめんごめん、皆そんな顔をしないで。何も心配しなくていいからさ。このホテルの宿泊費及び食事など他の費用全て、私が支払うからさ。お金の事は、何も心配しなくていいよー」
「で、でもそんなの!?」
「いいのいいの。私、お金持ちだから。私の父さん、豪商だって言ったでしょ? 実は大商人なんだ。だから何も心配しないで。お金は沢山持ってきているから。しかも私、このホテルに多少なりとも顔が利くんだよねー」
セシリアとローザ、二人と顔を見合わせた。
シェルミーがとてもお金持ちで、このホテルに顔も利く。そして私達が今日ここに宿泊する料金を、全てシェルミーが持ってくれる。
それは解ったけれど、果たして甘えてしまっていいものか……この高級ホテルで4人分って事になると、宿泊費だけでも相当な額になるのではと考える。だから、すんなり喜んでいいのか解らなかった。
でもセシリアが決断した。
「そう、それなら本当にいいのね?」
「いいよー、どうぞどうぞ遠慮しないでー」
「そうなると宿泊費は4人分になるわ。しかも私達は何も食べてないから、食事もしたいと思っているのだけれど……そうなるとかなり支払額になって、とても悲惨な事になるかもしれないわよ」
「大丈夫だからー。言ったでしょ? 私、商人の娘だよ。それ位、メイドさんのあなた達よりも計算は得意に決まっているでしょ? 本当に大丈夫だから、ほらさっさと中へ入ってチェックインしましょう!」
シェルミーはそう言って、ホテルの入口へ歩き始めたので、私達もここまで来たらシェルミーのご厚意に甘える事にして彼女の後に続いた。
私とシェルミーは踊り子の衣装を身に纏っていて、ローザは盗賊風の姿だった。でもセシリアが貴族令嬢の姿をしていたので入口で止められる事はないかなって思っていた。
だけどホテルのドアマンは、明らかにセシリアではなくシェルミーの顔を見ると、頭を深々と下げて私達を中へ通してくれた。
シェルミーは、本当にこの大きな高級ホテルに顔が利いた。何処かで彼女が私達に遠慮させないために言った言葉だと思っていただけに……その事に相当驚いてしまった。




