第650話 『アーマー屋』
私達はここ交易都市リベラルで、メルクト共和国を乗っ取ろうと画策している賊の親玉、『闇夜の群狼』の幹部を探し出して倒そうとしていた。
メルクト共和国を救う為には、3つの事を成し遂げなくてはならず、幹部を倒す事がその一つだったからだ。
国を救う為には、まずコルネウス執政官の救出が必須。もともとメルクトには執政官が5人いて、国を統治していたそうだけど、コルネウス執政官以外は皆殺害されてしまったという。
賊を倒し、国を取り戻した後、再び建て直す為には指導者が必要。だからコルネウス執政官の安全の保護は大事だった。でも幸いそれは、もうすでに成し遂げられている。
今、コルネウス執政官のもとには、ボーゲンやミリスやメイベル達がついている。レジスタンスのビルグリーノさんや、マルゼレータさん達だって一緒にいる。きっと安全だろう。
二つ目の成し遂げなければならない事。それは現在そのコルネウス執政官や、そちらについていてくれている皆が行動中だけど、首都グーリエの奪還だった。
テラネ村という場所で、国中から賊を追い払おうとしているレジスタンス達が今もなお、集結中らしい。もっと仲間が集まれば、一気に水かさをあげて首都奪還に攻め込める。そうすればきっとボーゲン達なら、首都グーリエを奪い返してくれるはずだ。
それで最後に三つ目。それが今、私達が成し遂げようとしている事だった。
メルクト共和国に『闇夜の群狼』の賊達を送り込み、他の盗賊団とも呼応させて国を奪おうとしている張本人。私達は『狼』と呼んでいるけれど、『闇夜の群狼』の幹部。何者かは解らないけど、その者がこのリベラルに潜んでいるらしい。
その人を探し出して倒し、首都グーリエを奪還した後にコルネウス執政官が国を建て直せば、間違えなくメルクト共和国は平定され平和な国へと戻るはず。
だからどうしても、私達は『狼』を見つけて倒さなくちゃいけない。
その為にこのリベラルまで来たのに……『狼』の有力情報を手に入れる事ができるだろうと思われていたリベラル最大の情報屋に、コンタクトはとれたもののいきなり交渉は決裂。敵対関係にまで発展してしまった。
リベラル最大の情報屋にして、街全体の情報を牛耳っているリベラル十三商人の一人、リッカーは『狼』に関する情報の代わりに、私自身を一つの代価として要求してきた。
結局、情報は手に入らずリッカーと揉めてしまう。でも運良く、リッカーが商談する予定だった他の十三商人がその場に現れて、私達は事なきを得た。結局、情報は入手できず、リッカーの住処を追い出されてしまった私達は頭を抱える。
情報屋を頼れないとなると、次は何処を頼ればいいのか……
このままじゃ途方に暮れるだけ。どちらにしても一旦出直そうと思った。でも追い出されてしまった私達の後を、リッカーと商談予定だったはずの十三商人の一人、防具専門の商人、ダニエル・コマネフが追ってきた。
「ちょっと待ってくれ、セシリアさん」
薄くなった髪に、肥った身体。顔にはいくつかの古傷があって、髭面。失礼だけどやっぱり商人というよりは、盗賊とかに見えてしまう。
だけどあの場で他の商人とも一緒にいた事実は、この人がリベラルで一番の権力者でもあるという十三商人の一人であるという事を証明している。セシリアは、ダニエル・コマネフの方を振り返った。
「これは……防具専門の商人、ダニエル・コマネフ様」
アローが情報を流してくれたから名前を知ったのに、セシリアは予めその名を知っていたかのように答えた。
「ほう、驚いたな。私のような者の名をご存じですか」
「申し訳ございません。リベラル十三商人のおひとりというのは、存じています。ですがわたくしも初めてこちらに参りましたので」
「貴族のご令嬢とお見受けするが、失礼ですがどちらの貴族の方ですかな?」
「セシリア・ベルベット。クラインベルト王国、ベルベット伯爵の娘ですわ」
「ほう、ベルベット伯爵。私はクラインベルト王国とは、アーマーの取引をさせてもらう事も多々あります。ですが、ベルベット家という名は聞いた事がありませんな。よろしければ、どちらの領地を治めておられるのかお聞かせいただけないでしょうか?」
あれ、セシリアの目が細くなった。情報屋のリッカーでさえ、押し通せた演技だったのにこのダニエル・コマネフという人の方が、遥かに手ごわいのかもしれない。
でもセシリアでこれ程だったら、私がもしセシリアの伯爵令嬢の役をやっていたら、もっと簡単に見破らてしまっているんだろうなって思った。
シェルミーが間に入る。
「ベルベット家は、クラインベルトでは伯爵家と言ってもとても小さな貴族なので」
「ほう、そうか。是非、もっと詳しくお話を聞かせていただきたい。なんといってもクラインベルトは、緑が豊富で豊かな国。これからもっと発展していくに違いないと私は見ている。ここでそのクラインベルトの伯爵家のご令嬢と、お知り合いになれたのも何かの縁。是非、その縁を深めたいと思っております」
「は、はあ」
セシリアとシェルミーがなんとも言えない表情で、顔を見合わせた。その意味は、私でさえも容易に理解できた。
情報屋リッカーから、情報を入手する事は失敗に終わってしまったかもしれない。ううん、リッカーからは、きっとアローが何か探ってきてくれるかもしれない。
でも私達は正直このままじゃ、手詰まりになる。
だからこのままダニエル・コマネフと知り合いになって気に入られれば、彼から『狼』に関する有力情報を入手する事ができるかもしれない……ボロがでなければの話だけど……でも願ったりの話しでもあった。




