第649話 『情報屋リッカー その6』
髭を蓄えた肥満体の男――武器商人、ババン・バレンバン。
いくつもの果樹園を経営し、このリベラル内のほとんどの果実を取り扱い、そして各地に販売するフルーツディーラー、デューティー・ヘレント。
様々な薬草と、薬を取り扱う薬屋、イーサン・ローグ。
リベラル中にある交換屋を全て取り仕切る男、トレーダーのゴケイ。
最後にババン・バレンバンのように肥満体で脂っぽく、髭面で盗賊の親玉のような男、ダニエル・コマネフ。
ダニエル・コマネフの商売は、ババン・バレンバンとは対極な感じで、身を守る防具を専門に商売をしているという。
リッカーの住処に今、このリベラルで最大の力を持つ権力者達、通称リベラル十三商人のうち、なんと6人も集結していた。
私達が今日ここへ来た事は、とてもイレギュラーな事で、彼らが今日ここへ来たことは必然だった。皆、商売の事やメルクト共和国の情勢の件で、リッカーから情報を仕入れにやってきたのだ。
その事を、全部アローがペラペラと話してくれた。リッカーは、そんなアローのお喋りの過ぎる態度に、怒りを見せて手で捕まえようとしたが、アローは宙に羽ばたいて容易にかわす。
「貴様、アロー!! 何を全部話している!! 俺は情報屋だぞーー、貴様は俺のボディーガードだろ!! 何勝手に商品を投げ捨てるようなマネをしているんだー! 情報は全て商品であり金だぞーー!!」
「おや、これは申し訳ございません、我が主様。僕は今までは、連れと共に気ままな冒険者暮らしでありましたもので、少し世間知らずな所があるのです。しかも主様のように、人間ではありません。鳥ですので、いまいちそういった事に関して鈍いのは、致し方ないとしか申し上げられませんね。それでも了承頂けないようでしたら、残念ですが……」
そう言ってアローはリッカーの顔をチラリと見る。対してリッカーは「むむむ」と唸っているだけで、じゃあ出ていけ、とは言わなかった。余程、アローの事を買っているのだと思った。
交換屋のゴケイ――その脇には、リベラルの街に入る時に、目にした男達がついていた。
確かヌンチャク使いで、『双頭の蛇』という盗賊団の首領――スイコ。感じからして、アローと同じく彼もゴケイに用心棒として雇われたクチなのかもしれない。ゴケイが、怪訝な顔をして言った。
「情報を仕入れにやってきてみれば、これはまた大惨事だなリッカー。手に余るようなら手を貸してやるがね、どうするか? もちろん、その分のお駄賃は頂くがね」
「いらーん!! こちらで何とかする!!」
リッカーがムキになってそう言うと、他の十三商人の者達は肩を揺らせて笑った。リッカーは他の仲間達の前で恥をかかされた事に対して、私達に怒りをぶつけて睨みつける。
私はそれに一瞬怯んでしまったけれど、セシリア達は負けずに睨み返した。
その光景を目にして、更に笑い声をあげる男がいた。防具を専門で商売をしている男、ダニエル・コマネフ。
肥った身体に、薄くなった髪の毛。それに髭面が重なって、本当に盗賊の親玉に見える。だけど、この人も商人。
「何があったのか、それは解らんが双方やめろ。これ以上続けるのなら、私は直ちにリベラル警備隊へ連絡をする。それで構わなければどうぞ続けるがいいが、それは双方望まないだろ。どうだ、今日の所は私の顔に免じてこの辺にしておかないか」
私の顔に免じて……今この場にいる者達の中でも、ダニエル・コマネフは、悪人よりの顔だと思った。だから、その見た目とのギャップに驚いた。
あってまだ間もないのに失礼な事を思ってしまっているというのは解っているけど、見た目的にそう判断してしまっていた。だけどその物言いは、見た目の印象に反してわとてもまともな人のものに思える。少なくともリッカーとは、比べ物にならない。
リッカーは舌打ちすると、大人しくソファーに倒れ込んだ。
「そうだ、それでいい。事を荒立てるな。これから商談に入るのだろう。それこそが今一番優先させる事だ。そう、私が取り扱っている商品はアーマーだが、アーマーというのは、装備している者の命を守るとても大切な装備品だ。いや、必需品と言ってもいい。そのアーマーと同じく一番大切な事を見極めろ」
「解った解った!! 今日の所はもういい、お前のアーマー話はもうウンザリだ!! セシリア嬢、今日ここでお暴れになった件、こちらにも非があった事を認めよう」
リッカーのその言葉に、セシリアは睨み返した。そして何か言おうとした所でローザが先に言った。
「我々に非はない! そもそもお前が、私達にいやらしい事をしようとしたのが原因だろうが!」
全員がリッカーの方を向く。だがリッカーは、開き直った顔をしてそっぽを向く。
「情報が欲しいって言ったからだー!! 俺は情報を売る代わりに、その代価を受け取ろうとしただけだー!!」
「貴様!」
「兎に角、セシリア嬢! お帰りください! 情報が欲しければよそへ行くといい。って言っても、このリベラルの情報屋はこの俺が全て牛耳っているがなー! 謝罪するっていうのなら、改めてまた来るといい。だが今度は、ちゃんと代価を用意しろよー」
リッカーは、そう言い捨てると私の方を向いて、舌なめずりして見せた。異様に長い、蛇のような舌。身体に悪寒が走る。
シェルミーは、ふうっと短く溜息を吐くと私達の方を向いて出直そうと言った。そしてリッカー達のいるこのフロアから下に降りると、1階で預けた武器を返してもらった。
情報屋から、情報を入手できなかった。
次の手を考えないと――そう思っていると、丁度リッカーの住処を出た所で、私達の後を追ってきたダニエル・コマネフに呼び止められた。




