第648話 『情報屋リッカー その5』
リッカーが叫んだ。
「やれアロー、そのまま氷漬けにしてやれええ!!」
アロー!! やっぱりシェルミーとロドリゲスを攻撃し、私達の前に立ちはだかったのは、アローだった。
「ど、どういう事ですか!? アロー!! 説明してください!! レティシアさんは……レティシアさんは何処ですか!?」
アローは、リッカーの方へ羽ばたいていくと彼の肩にとまった。そう、まるでリッカーに従っているように――一瞬、脳裏に過去の事が浮かんだ。
友達だと思っていた……気の合う、仲の良い同僚でもあると思っていたシャノン。
私はシャノンに利用されて、愚かにもルーニ様を王宮の外へ連れ出して、ルーニ様誘拐を目論んでいた『闇夜の群狼』やドルガンド帝国、それに取り入ろうとしていたシャノンに手を貸してしまった。そのせいで、ルーニ様にはとても怖い思いや、つらいめにあわせてしまった。
救出した後も、ルーニ様は何一つ私の事を責めはせずに、逆に助けてくれた事に対して感謝してくれた。それが嬉しくも、とてもつらく感じた。自分はなんて事をしてしまったのだろうかと、何度もそう思って後悔した。
そしてアーサー・ポートイン。彼もシャノンと同じだった。とてもキザな人。だけど彼の使うレイピアの腕は、美しく恐ろしく早く凄まじかった。
ルーニ様を救出に行く際も、なんだかんだ手を貸してくれて助けてくれた……でも違った。彼には、計画があった。最後の最後でルーニ様救出の手柄を、自分一人のものとして横取りしようとしていた計画の伏線。
とても、ショックだった。だけど私の隣にはいつもセシリアがいてくれて、そしてマリンが仲間に加わって支えてくれた。それでなんとか乗り切れた。
色々な人がいて、様々な考えや計画――思想なんかもある。その中で誰が敵で味方かも解らない。だからシャノンやアーサーの事があった今、これからだってちゃんと考えて、そういう覚悟が必要な場合だってあるのだからと思って自分に言い聞かせて覚悟をした。
……はずなのに、やっぱり心が痛い。アローが、実はシャノンやアーサーと同じく私達の事を……ううん、瞼を一瞬でも閉じると、レティシアさんに川で身体とメイド服を洗って来いと言われた時のことを思い出す。
夜の暗闇の中、アローはずっと灯りで周囲を照らしてくれて、私が闇を怖がらないように近くでずっと喋りかけてくれた。
凍えるように冷たかった川、その後アローを抱きしめるととても小さくてもぬくもりを感じた。心臓の鼓動。私は、アローを敵として見る事ができない。でもリッカーに従うものであれば、ここで……
セシリアとローザも、アローの事で動揺をしている。シェルミーとロドリゲスは、なんとか氷で固められた足を動かそうとして、脱出しようと藻掻いていた。
デッキブラシをリッカーに向けていたが、そのリッカーの肩にアローがいると思うと、デッキブラシを握る手が震えた。すると、アローが言った。
「レティシア? それは誰かな? もしかして冒険者レティシア・ダルクの事を言っているのかな、レディー」
!?
え? どういう事? アローが敵だと受け止められない――葛藤していると、アローが不思議な事を言い始めた。もう訳が解らなくなる。
でもアローは、レディーと言った。あんな事を言うボタンインコなんて、アロー以外はいない。セシリアが私の肩を叩いた。
「テトラ、逃げるわよ。皆で一気に駆け下りて、一階へ行く。それで武器を回収して、逃げて出直す。いいわね」
「で、でも」
「大丈夫よ。シェルミーとロドリゲスには、一気に駆け寄って足元の氷を砕いて破壊すればいいわ。あなたとローザなら可能でしょ」
セシリアの言葉――あれ位の氷なら、確かにどうにかできると思う。そうするしかない、そう思ったところでアローが続けた。
「そうそう、思い出した。レティシア・ダルクなら知っていますよ。彼女は今、リベラル十三商人の一人、興行師ボム・キングの護衛についたと聞きました。かなり、腕を見込まれてね」
アローに対してリッカーが、怪訝な顔をする。
「おーーい! 余計な事を言わなくていい。情報屋がタダで情報をくれてやるなんて、レストランがただで飯を作って食わしてやるようなもんだろーがよー!!」
「おや、これは失敬」
「無駄口はいい!! さっさとその氷属性の魔法で、全員氷漬けにして固めてしまえ。処分は後で、考えればいい」
「処分? それはどういう意味です?」
「余計だ、アロー。お前は俺に雇われているんだろーがよーー?」
「ええ、そうです。ですから、雇い主であるあなたの事を考えて、後先考えずに行動してしまわないように気を使ってあげているのですよ。ほら、お客様ですよ」
「な、なに!? そ、そう言えばそうだったか!! まずいな!!」
アローとリッカーの目線の先、私達から少し離れた場所で、じっとこちらを見る複数の人影があった。
だ、誰だろう!? いつから、ここにいたんだろう? 考えていると、その中にいる髭を蓄えた肥った男が前に出て言った。
「ダハハハハーーー!! リッカー、もしかして取り込み中だったか!! 情報屋が誰か客を招いて大乱闘をしているのか? こりゃ傑作だーー!! 助けがいるなら、いい武器を売ってやるぞ、どうだ? もちろん金はとるがな!! ダハハー!!」
「リベラル十三商人の一人、ババン・バレンバン氏です。武器商人です。後ろにも他に、十三商人のお三方がいらっしゃいますね。そう言えば、今日はリッカー氏から商売上の情報を買いつけに、ここにいらっしゃる予定でした。その前にクラインベルト王国のベルベット家伯爵令嬢という、予期せぬゲストがおこしになられてしまいましたがね。しかもとんだトラブルにまで発展してしまいまして、どうしていいやら」
「お、おい!! アロー!! 何を言っている!! 余計な事を垂れ流すな!! バレンバン氏に、他の皆さん!! ちょちょ、ちょっと待ってくれーー!! 直ぐに片付けるからよー!!」
他の十三商人と会う約束をしていたリッカー。その事を軽々しく喋ってしまう、アロー。もしかして、アローはわざと私達に情報を……
リッカーと言い合いをしているアローを見つめていると、私の視線に気づいたのか、一瞬こちらを見てアローがウインクしたように見えた。
もしかしてアローは……




