第647話 『情報屋リッカー その4』
「この女達と、そこのデカい大男を捕えろ!! 多少は怪我をさせてもかまわん!!」
リッカーが叫ぶと、周りを取り囲んでいるボロを着た男達が一斉に襲い掛かってきた。
私は瞬時にセシリアとシェルミーを守らないとと思ったが、シェルミーは襲い掛かってきた男達に見事な上段蹴りなどを入れるとあっと言う間に3人倒した。
そこへすかさずロドリゲスが入り、シェルミーを守る形で仁王立ちになると、周囲にいるリッカーの子分たちをまるで紙屑のように掴んで投げ始めた。
ローザも同様に、リッカーの子分を倒していっている。しかも敵を倒しながらも、リッカーの方へと徐々に迫っていっている。
「セシリア!!」
「私は大丈夫よ! リッカーを抑えて!!」
見るとセシリアは、いつのまにかシェルミーとロドリゲスに守られていた。これなら何も気にしないで私は戦える。リッカーがまた叫んだ。
「さっさと捕まえろ!! 何を女ども相手にてこずっているんだ!! 情けない奴らだ!!」
「やあああああ!!」
デッキブラシで殴りつけ、打ち倒す。ボロを着た男達――リッカーの子分達を片っ端から転がした。数十人いたリッカーの子分は、もはや数人になっていた。
私達がここへやって来た時に、ソファーでリッカーと一緒にくつろいでいた美女たちは、もういない。このままリッカーが私達にやられるのではと思って、巻き込まれないように一目散に逃げたのだろう。
ローザが更に3人を素手で倒すと、リッカーの目前まで迫って、彼の胸倉を掴んだ。
「ひ、ひいいいい!! 待てー! 待ってくれーい!!」
「ここまでだな、リッカー。薔薇薔薇盗賊団を舐めるんじゃない。お前をバラバラにしてやるぞ」
まさかローザがこんな事を言うなんて、思ってもみなかった。私とセシリアは、おかしくて吹き出してしまわないように、慌てて自分の口元を手で塞ぎ俯いた。ローザはそれに気づいて、少し頬を赤らめている。
「ひ、ひいいいい!! お、俺をバラバラにするのかあああ!?」
「そうだあ!! 私は薔薇薔薇盗賊団だからな! 仇なす者は、容赦なくバラバラにするぞ!!」
「待て待て待て!! ちょっと待ってくれーい!! なんだ? 『闇夜の群狼』の幹部の情報が欲しいと言っていたな? そうだろ、セシリア嬢? 解ったから、この盗賊を止めてくれ!!」
やった。シェルミーの策に乗ってしまって、その場の勢いで演技してしまったけれど、どうやら上手くいったようだった。シェルミーがこちらを向いてウインクしたので、私はにこっと笑い返した。
リッカーの胸倉を掴んでいたローザが、手を離すと彼はその場に座り込んだ。これで有力情報を手に入れられる。今度はセシリアの代わりに、シェルミーがリッカーに迫った。
「情報料は、さっき渡した金貨。それでいいわよね。あなたは、商談成立もしていないうちから、テトラに手をつけようとした。それを入れても、かなりの譲歩だもんね」
「あ、ああ……も、もちろんそれでいい。っていうか、俺も完全に知っているという訳ではない」
リッカーの言葉に、顔を顰めるシェルミー。
「リッカー、あなたこの交易都市リベラルで一番の情報屋でしょ?」
「そうだ。そうだよ、そう! だから怖い顔をするな、護衛の踊り子のお姉ちゃん!! 相手は、何といってもメルクト共和国の乗っ取りを計画し、現在その大きな計画を遂行中の『闇夜の群狼』幹部だぞ。しかもこの街に潜んでいる。狡猾な性格だとは聞いているが俺達権力者の中で、そいつの顔や名前を知っている者はいないんだ。だがいくつか手掛かりになる情報を俺は持っているから、それを教えてやろう。だからそれで、今日の事はチャラだー」
手掛かりになる情報を手に入れられる。なら、ここへ来た意味があった。でも……リッカーの今言った言葉――俺達権力者? 俺達……それが引っ掛かった。セシリアも同様のようだった。
「ねえ、俺達っていうのはどういう事なのかしら? 簡潔に説明してくれない?」
「いいだろう、俺は、このリベラル一番の情報屋稼業を営むと同時に、この街の権力者だとも言った。でももっと正確に言うとだな、リベラルには13人の権力者がいて仕切っているんだ。通称、リベラル十三商人と言われている。俺はその一人だ」
整理すると、リッカーは、この交易都市の13人いる権力者の一人で情報屋という事。つまりリッカーのようなこの街で力を持った者が、他に12人いるという事になる。
リッカーは、この街にいるメルクト共和国乗っ取りを目論む『闇夜の群狼』幹部、私達は『狼』と呼んでいるけど、その『狼』の情報を持っていると言っている。
でも顔や姿、名前を知らない。正体を知らないとも言っている。例えそうだとしても、リッカーのような力を持った者が他に12人もいれば、その人達を片っ端からあたっていけば、『狼』のもとへたどり着けるんじゃないかとも思った。
なんせ『闇夜の群狼』は、ヨルメニア大陸最大の巨大犯罪組織なのだ。その幹部となれば、それなりに誰か情報を持っていてもおかしくはない。いえ、むしろ13人もいて誰も何も知らないという方がおかしい。
ローザは床に座り込むリッカーを見下ろしながら、激しい目で言った。
「それじゃ、答えてもらおう。その幹部に関するいくつかある手がかりっていうのと、ついでだから他の12人の名前といる場所もだ」
「リ、リベラル十三商人の名前と居所か?」
「そうだ、知っているだろ? あんたの情報だけで幹部を探せない場合、他の知っていそうな者にも聞いてみた方がよりいいだろ?」
「そう言う事ならいいだろう。十三商人は、別に隠れている訳じゃないからな。もちろん全員の名前も今言えるし、特に支障はないだろう」
「なら答えてもらおう」
「ああ、ちょっと待ーて。あせるなー。十三商人だぞ? 今、ずらっと名前と居場所を言っても、覚えられんだろうーがよー」
「そう、それなら心配はないわ。私は覚えられるから、気にしないで」
セシリアの言葉に呆気にとられるリッカー。しかし彼は立ち上がり、よろよろと歩き出した。
「まあ待て、念には念を入れてだ。紙とペンをとってくーる」
リッカーはそう言って、何処か行こうとした。ローザとシェルミーが顔を合わせる。
シェルミーは、ロドリゲスに手話で何かを伝えた。きっとそれは、リッカーを逃がすなと伝えたんだと思った。
ロドリゲスは頷いて、リッカーの後につこうとする。しかし動けなかった。
なぜなら、気がつけばロドリゲスの足元から足首までが、凍っていたからだった――
「ううう、うがあああっ!!」
慌てるロドリゲス。シェルミーがロドリゲスのもとへ走り寄る。ローザが叫んだ。
「ロドリゲス!!」
「待て、シェルミー!! これは何者かに攻撃されているんだ!! 迂闊に動くな!!」
「きゃあっ!!」
しかし次の瞬間、何処からかつららが飛んできて、ロドリゲスに駆け寄ろうとしたシェルミーの足元を打ち抜いた。そこからたちまち床が凍って、ロドリゲス同様にシェルミーの足も氷で固められて動けなってしまった。脱出しようと、必死にもがくシェルミー。
私とローザ、セシリアはお互いに背を合わせて警戒する。すると暗くてよく見えない天井から、何かが羽ばたいて私達のもとへ降りてきた。
なんとそれは、鳥――ボタンインコだった。私は呟いた。
「アロー……」
「そこまでですよ、レディー」
そう、つららを放ち攻撃してきていたのは、なんとアローだった。




