第646話 『情報屋リッカー その3』
リッカーは長い舌を出してニターっと笑うと、セシリアに言った。
「いいだろうー。ベルベット家の伯爵令嬢に、バラバラ盗賊団とかいう、ふざけた名前の盗賊団。ローザという名前も聞いたことがないー。このリベラルで一番の情報屋である俺が、ぜんぜん聞いた事がないんだー。普通なら、まーーず信じらんねー話だなーー。だが、そいつだ」
リッカーはそう言って私を指さした。シェルミーやセシリアやローザも私を見つめる。
「そこのーー、獣人の踊り子だ。名前は何て言う?」
「テ、テトラ・ナインテールです」
「やはりそうだ、ナインテール家。クラインベルト王国北部にいるという九尾の末裔。たった一人で、一騎当千の戦闘力を持つとされている獣人の希少種だ。しかしどうだ、九尾というのは言って字の如く9本の尻尾があるはずだ。だがテトラ、このダイナマイトボディーの踊り子にはーー、あーーれ不思議。4本しか尻尾がなーーい。それはー、俺の頭にない情報だ」
セシリアが微笑を浮かべる。
「そう。それで何が言いたいのかしら?」
「何が言いたいのかってーと、俺の知らない情報を、セシリア嬢は持っているという事だー。つまりベルベット家もバラバラ盗賊団も、存在するのかもしれない。信じてもいいかもしれない。4本尻尾の九尾の存在は、そういう証明をして見せたって事だ。だからセシリア嬢の話を真に受けて、情報を売ってやってもいいかもしれなーい」
「そう、なら良かったわ。それじゃ早速情報を売ってくれるかしら。わたくしはこう見えて多忙なのよ。メルクト共和国は、日に日に盗賊達に占領されていっている。わたくしは、メルクトが賊に完全に乗っ取られる前に、このリベラルにいる幹部と話をつけたいの。でないと、交渉を有利に進めなくなるわ」
「ヒャーヒャーヒャー、確かにそうだーー。本当にやりてのお嬢様だなーー。解った、それじゃ商売をしてやろう。これはサービスだが、『闇夜の群狼』の幹部が一人このリベラルの街にいるっていうのも、そしてその幹部がメルクト共和国を乗っ取ろうとして、賊共を操り陰で糸を引いているって黒幕だっていうのも事実だー。確かに間違えない話だーー。だーーが、その幹部が誰であるかは、答えられない」
セシリアがリッカーに近づく。
「まあ、待て。『闇夜の群狼』を知っているんだろ? 奴隷売買から麻薬に暗殺まで、色々な犯罪に手を染めている組織だ。敵にしたら、いくら俺がリベラルの権力者だと言っても、一瞬で消されちまう。それでだ。それで本題、商売の話だがセシリア嬢が会いたいというその幹部に、この俺が引き合わせてやる。それでどうだ?」
「そんな事ができるのかしら? 殺されるんじゃなくて?」
「裏切ればーーって話だ。先方さんに、セシリア嬢の話をしてからだ。あんたが手を組みたい――支持したいって話をまーーずする。それで会ってくれるように説得する」
「そう。でも信じてくれるかしら?」
「俺は情報屋だからな。情報に誤りがあれば、俺はたちまち廃業になっちまーう」
セシリアが、上手にリッカーと交渉を進めてくれている。
当初はセシリアお嬢様のお付き役であるシェルミーが、中心になって話を進めるつもりだったみたいだけれど、シェルミーもセシリアが上手く事を進めてくれているので安心して眺めている様子だった。
リッカーはぺろりと舌を出した。その時見えたリッカーの下は、びっくりするくらいに長くて驚いてしまった。
「じゃあ話は、それでいいな。俺はセシリア嬢を幹部に引き合わす。その代わり代金は、前払い――」
シェルミーが後ろに控えるロドリゲスに手話で何かを伝えた。するとロドリゲスは、腰に下げていた革袋を取り外すと、それをリッカーの座っていたソファーへ投げた。革袋がソファーに落ちると、中から何枚もの金貨が飛び出す。
セシリアは状況を理解して、話を進める。
「前払い――それで足りるかしら。それだけあれば十分だと思うのだけれど」
リッカーはロドリゲスの投げた革袋を手に取ると、中を覗いてニターっと笑う。
「全部金貨か。しかもポンっと簡単にあげちまう。どーーうやら、本当にあなたは、伯爵令嬢のようだなー」
私もびっくりした。でもシェルミーは、レジスタンスとして活動しているけれど、豪商の娘だと言っていた。お金持ちであっても不思議ではない。
「だがーー、これだけじゃだめだ。もう一つ欲しい」
そう言ってリッカーは私を指さした。
「そのダイナマイトボディーの踊り子をもらおう。器量も最高に良いし、何より九尾の一族でありながら4本しかない尻尾。それだけでも価値がある。まずは俺の愛玩用の付き人にでもするが、今着ている衣装よりももって過激なものを着せてやろう。ヒャーヒャーヒャー」
背筋に冷たいものが通った。鳥肌。シェルミーを見ると、困っている表情。でもセシリアとローザに関しては、リッカーの取引条件を聞いて嫌悪している……というか、怒っている。
「どうだ? このムチムチボディーの狐の獣人を引き渡すか? んーー? セシリア嬢が会いたがっている幹部に俺が合わせてやるぞーー。会いたいーーんだよな? んん?」
リッカーは再び私に近づいてくる。咥えていた葉巻を手に持ったかと思うと、いきなり首元をペロリと舐められた。鳥肌。そしてとんでもなく長い舌。
ニターっとリッカーが笑った瞬間、誰かがリッカーの長い舌を手で掴み、もう片方の腕で首を掴んだ。ローザだった。
「ぐるじいいい!! な、何をする貴様!! 盗賊の分際で!!」
「ローザ!!」
「こうなったら仕方がない。こんな気持ちの悪い奴には、一瞬でもテトラはやれない。それにこいつが気持ち悪くても、リベラルで一番の情報屋だというのなら仕方がない。力ずくでも、強引に情報を引き出すか。なんせ私は賊だからな。無法者は、無法者らしくさせてもらう」
ローザの言葉にセシリアは、溜息をついてソファーから立ち上がった。悲鳴をあげるリッカー。周囲には、武器を持ったボロを纏った男達が集まってきた。
「ヒャーヒャーヒャー、こ、こんな事をして無事、ここから出られると思っているのかああ!!」
「思っている。しかし残念ながら、武器は下で預けてしまったからな。素手で戦わなければならないが――皆自信はあるか?」
シェルミーは頷くと、またロドリゲスに手話で何か伝えた。すると早速ロドリゲスは、近くにいるリッカーの子分であるボロを纏った男達を問答無用で掴んでは投げ、武器を取り上げては床に叩きつけた。
それを皮切りに、襲いかかってくるリッカーの手下達。
私は襲い掛かってくる敵の攻撃を回避しながらフロアの隅まで走りぬけ、そこに立てかけてあったデッキブラシを手に取った。くるくるっと器用に回転させて、構える。
なんとしても、このリッカーから有力な情報を引き出して、ここから無事に脱出しないと――




