第644話 『情報屋リッカー その1』
5階へ上がると、広い場所に出た。フロア全体が一つになっている。そして部屋中に、お香と煙草のニオイが充満していた。
煙すぎて、思わず咳き込みそうになったけれど、なんとか我慢。案内の男に言われるがまま、フロアの奥へと進む。
周囲を見ると、薄暗い中で何人もの男女が煙を吐いて煙草を楽しんでいる。バーンさんやボーゲンがよく吸っていたような紙巻き煙草の他に、縦長のガラス製の容器に水の入った、特殊な煙草を吸っている者もいた。
「セ、セシリア」
「何?」
「あ、あれは何でしょうか? あのガラスの容器のようなものも煙草ですか?」
「そうね。水煙草――シーシャと呼ばれているものよ」
「シーシャ……ですか」
着いた。
5階フロア、一番奥に7、8人は並んで座れそうな大きなソファーがそれぞれ向き合う形で3つ配置されていた。頭上から見れば丁度、三角形になっている。
そこへ通されると、ソファーに深々と座る男に自然と目が行く。男は両脇に2人ずつ――計4人の女性を抱き寄せ、煙草をふかしてゆったりとしていた。
私達は、ソファーにはまだ掛けなかった。シェルミーがそうしなかったので、それに従った。
女を抱きかかえた男は、下から睨み上げるような顔で私達を見る。それから今度は、長い舌を出すと舐めまわすような目と仕草で、セシリアに狙いを定めて言った。
「そーれーでー? ベルベット家の伯爵令嬢という話でしたかなー? それは、どーちーらーの伯爵令嬢様でしょーかねえ?」
素性は、バレてはいないはず。だけどこのリッカーという男は、情報屋だという。シェルミーが助け舟を出そうとすると、セシリアは軽く彼女を制して一歩前に出た。
「お初にお目にかかりますわ。わたくし、クラインベルト王国の貴族――ベルベット家の長女でセシリアと申しますわ」
「ほう、ベルベット家……クラインベルト王国の貴族……聞いた事がないな。伯爵家ともなれば、この俺が知らない訳はないはずだーが……しかし、美しい。なら、歓迎してもいいなー。セシリア嬢、したい話があるのだとすれば、こちらに座ってはどうだー?」
「フフフ、それでは失礼致しますわ」
リッカーは、自分の両隣に侍らせていた女性に何か目配せをする。すると女性たちは、不機嫌な顔をしてソファーから立ち上げり何処かへ歩いて行った。
そしてリッカーが、空いた自分の隣の席をポンポンと叩くとセシリアはそこへ移動した。
セシリアに何かあってはいけない。そう思って、何歩か前に出ようとすると、後ろにいたローザに尻尾を軽く掴まれて止められた。ひ、ひえ!!
ローザは、この場はとりあえずセシリアに任せて様子を見ようと考えている。それは解るけれど、何かちょっとリッカーという男は、気持ちが悪い気がした。
だからその男の隣にセシリアが座るとなると、とても落ち着いてはいられない。
「いてててっ!」
「フフフ、悪い手ね」
早速、予感は的中する。リッカーの隣にセシリアが座ると、リッカーはセシリアの肩に手を伸ばす。そしてそこから胸の方へ手を滑り込ませようとしたので、セシリアはその手を強く摘まんで阻止した。
「おーーいて! これは手厳しいお嬢ー様だ」
「フフフ、いけない人」
シェルミーが、慌てて入る。
「リッカー様、お戯れを。こちらはクラインベルト王国の伯爵令嬢です。あまり、おふざけが過ぎますと私達も笑ってはいられませんよ」
「あーー、なるほどー。小汚ない情報屋風情が、貴族令嬢様に手を出すなと? そーゆーことね?」
「そうは、言っておりません。リッカー様はご自身の事を情報屋風情と申されましたが、その実はこの交易都市の権力者であらせられます」
え? この気持ちの悪い人が、リベラルの権力者!?
廃墟のような建物に加え、ボロを纏った怪しい者達がうろつく場所。その奥では、水煙草などをふかしてボーーッと虚ろになっている人達がいて、その奥にいる情報屋と言われる男。
それがこの活気で溢れる交易都市、リベラルの権力者だなんて……
あれ? でもリベラルは、交易都市であると同時に自治都市って言っていた。自治都市であるという事は、リベラルは簡単にいうとこの街自体が一つの国みたいなもの。
するとそのトップ、つまりクラインベルト王国でいうとセシル陛下がそうであらせられるけど……リッカーは、この場所で同じような地位であるという事?
でも、一番偉い人って誰なんだろう。本当に、ここにいるリッカーなのだろうか?
普通に順当に考えれば街というからには、一番偉い人は市長だと思うけれど……シェルミーは今、リッカーの事をこの街の権力者と言った。
「ヒャーヒャーヒャー、なるほど。お嬢ちゃんもかーなーり、お口が達者なようだね。一介の踊り子には見えないが……セシリア嬢、こちらのお嬢さんを紹介してくれないかねー」
リッカーはそう言って、今度はシェルミーと私の事を舐めまわすような目で見て言った。長い舌が、まるで蛇のようにチョロチョロと顔を出す。
セシリアはまったく表情を変えず、すました顔で答える。
「連れの者が、偉そうな事を申し上げて失礼を致しまいたわ。この踊り子は、シェルミーとテトラ。踊り子としても気に入っておりますけど、その他に類まれな武芸を身に着けており、その忠誠心もあってわたくしの護衛として連れてきていますのよ。使用人としても優秀なのは、言うまでもない事ですが」
「なるほど……踊り子が武芸と聞くと、剣舞とか思い浮かべるが……確かに通ずるものがあるかもしれないなー。俺の過去に集めた情報でも、確かーーソードダンサーの異名を持つ天才的な踊り子剣士がいたなー」
ソードダンサー。そんな人がいるのだと思った。
「ヒャーヒャー。解った、いいーだろう。それでーー? セシリア嬢、早速要件を聞こうじゃーないかー?」
やっと要件に入れる。ここからは、慎重に――そう思った刹那、セシリアは変わらず微笑を浮かべたままリッカーに向かってその要件を言った。
「あまり回りくどいのも好きじゃないから、単刀直入に言わせてもらうわ。この交易都市リベラルには、『闇夜の群狼と呼ばれる犯罪組織の幹部がいると聞いているのだけれど、その人に会いたいの。だから、その為の情報を提供してほしい。情報屋であると同時に、この街の権力者であるあなたなら、簡単に提供でいる情報じゃないかしら」
言っちゃった!! いきなりの直球勝負。
セシリアの性格を考慮すると、こうなる事も少しは想像していたけれど……セシリアの質問で、リッカーはかなり怪訝な顔をし始めた。
最悪今のセシリアの質問で悪い方へ傾くような事があれば、ローザは力ずくで聞き出すとか言い出すんじゃないだろうか?
そう思って私はハラハラしながら、セシリアだけじゃなくローザの事も注意して見た。




