第631話 『交易都市リベラル その2』
「はいはいーーい。こちら並んでくださーーい! 順番にね。はい、そこルールを守って!」
「もうかれこれ1時間近く待たされてるよ! いったい、いつになったら街へ入れてくれるんだい!」
「大丈夫、間もなく入れますよ。だからちゃんと順番を守って」
街を囲む大きな石壁。そして大きな門。その門の前には、街へ入ろうとする人たちの列と、それを規制する数十人の門番達の姿があった。
待たされている人達は、長く待たされているからだけどとてもイライラしている。そして門番達は、皆武器や防具を装備していて、とても物々しい雰囲気だった。
セシリアとローザは、そんな光景を目に険しい顔をしている。
「気が重くなるけれど、どうやら並ぶしかないようね」
「そうだな。このまま突っ立っていても仕方がない。並んでいれば、いつかは中へ入れてくれるだろう」
「そ、そうですね! じゃあ並びましょう。行きましょうか、アイシャ」
「へえ」
アイシャも私達に負けない位に、キョロキョロしている。大きな街に驚いている。セシリアが並んでいる男の人に声をかけてくれた。
「ごめんなさい。確認したい事があるのだけれど、ここが最後尾かしら」
「ああ、そうだよ。ここが一番後ろだ」
「なら良かった。ありがとう」
セシリア、ローザ、アロー、アイシャ。5人全員で列に並んで、街の中へと誘導されるまでじっと待つ。
街に入ればもっと人や建物、店など溢れているだろう。そこに入る前からアイシャはもう、落ち着きのない感じを見せていた。
「大丈夫ですか、アイシャ」
「う、うちリベラルには初めて来るんやけど、えらい緊張しますわー。えらい心臓バクバクしてもーてますわー」
「私も緊張していますよ」
「へ? テトラも緊張してますのん?」
「はい。私、あまり人が多い所は苦手で……なのでこういう大きな街に来ると、緊張を隠せないです。でも一人じゃないから……アイシャやセシリア、ローザやアローがいますからね。緊張はするけど、皆がいてくれるから安心しています」
「ほんならうちも安心してますわ。テトラやセシリア、ローザにアローがいてくれはるから。今にして思えば、よう一人でリベラル目指してもーた思うて。今更ながら、ゾッとしてますわ。でもここに来る道中、テトラ達に出会えたし、こうして一緒にいてくれてはるから、心強いしほんまに助かりましたわ」
「私もですよ。何度も言いますが、アイシャに出会わなければ水の補給もできませんでしたし、今頃干からびていたかもです。それに川の水浴びもですね。あれがなかったら、今頃私、凄く汗臭かったかも」
そんな会話をしているアイシャは、本当に無邪気に笑っていた。気が付くと、私も自然に笑顔になっている事に気づく。
コロポックルという種族が小さくて可愛いというのもあるとは思うけれど、アイシャから伝わってくる彼女のおっとりした性格と優しさが、癒しと安心感を与えてくれているのかもしれない。
アイシャは私達に出会えて安心感を得たといっていたけれど、それは私も同じだと思った。
セシリアとローザは何か話をして、列の動きや周囲を見回している。私もただ待っているのは大変なので、アイシャと会話を続けていた。すると30分程した辺りで、周りで騒ぎが起きた。
「いつまで待たせんだあああ!! 俺様を誰だか知ってんのかああ!! 責任者だせよ、警備責任者をよー!!」
騒ぎの方に目をやると、門番と男達が揉めている。私達よりも後に来た男達。話を聞いていると、並ぶのが嫌だからさっさと中へ入れろと言っているようだった。門番が、わらわらと集まってくる。
「あんたら何者だかは知らないが、ルールはルールだ。街に入りたければ、大人しく列に並んでもらう」
無精髭の男は、門番の言葉に笑い転げる。そして仲間の男に、「今の聞いたか」と言って、信じられないという表情をしてみせた。
「いいか! おたくは、超がつくほどのアホみてーだから特別に教えてやんぜ。そのどうしようもねえ曇った両目をひん剥いてよく見てみやがれ!!」
無精髭の男はそう言って、その場で身に着けていた上着を脱いだ。そして門番たちに、背中の入れ墨を自慢げに見せる。入れ墨は背中一面に入れられていて、そのデザインは一面に張り巡らされた糸とその中心には蜘蛛がいた。
「おい、あれ! 『蜘蛛の糸』だ!!」
「マジか! いや、しかし……でもそうか」
男の背中に入れられた入れ墨を、列に並んでいた者達も見て、何やらガヤガヤと声があがる。
「ガッハッハッハ!! ようやく気付いたか? アホな門番さんよ! そうよ、俺様は泣く子も黙る盗賊団『蜘蛛の糸』。そしてこの俺様がその首領、カンダタ様よ!! っへ! 解ったか?」
盗賊団『蜘蛛の糸』? カンダタ? 周囲の人達の様子から、それなりに有名な盗賊団のようだけれど、今まではフォクス村とその周辺、そして王宮メイドの仕事しかしてきたことがない私には、馴染みのない名前だった。
門番の一人が前に出る。
「盗賊団『蜘蛛の糸』の首領カンダタか。なるほどな」
「やっとわかったかー!! それじゃ、この泣く子も黙るこの俺様に、列に並べって言った事は、後悔しているんだな? そうだろ?」
「いや、後悔はしていない。ちゃんと列に並べ。それができなければ、お前らは街に入れない」
「なるほど、交易都市リベラルは、無法者は歓迎しないって訳か。おもしれー」
「いや、我々は無法者だろうが盗賊団だろうが歓迎する。だがリベラルのルールを従わない奴に関しては、歓迎しない。無法者であろうと、リベラルでは我々に従え」
「……なんだとお、このやろー!! 生意気な奴め!!」
カンダタという男が、門番に対して怒りの表情を露わにした。
まさかリベラルについて、いきなりこんな事になるだなんて思ってもいなかった。
交易都市っていうからには、もっと治安がいいと思っていたけれど、どうやらこの街は王都やエスカルテの街とはまたぜんぜん違うようだ。




