第629話 『小さいのは、うちもやった!』
川で水分補給をしたり、汗や汚れを落としているうちに洗濯した衣服が乾いた。いい天気だから、しっかりと乾くし、着ると太陽のいい匂いがした。大好きな香り。
服を着るまでアイシャは、ずっと私の身体を驚いているような目で凝視する。セシリアが変な事を言うからだった。
「な、なんですか、アイシャ?」
「へえ。えらい豊満なボデーしてはるわー思うて。ダイナマイツボデーや」
「そ、そうですか?」
「えらいもんですわ。うち、一応女ですけど、それでもテトラのそのえげつない胸に抱き着いてみたいですもん。男の人やったら、もうむしゃぶりつきたいのん違いますかー」
「え、えげつないとか、むしゃぶりつきたいとか言わないでください!!」
「でもうち、そのダイナマイツボデー見て、スルーするなんて器用な真似、ようしまへんわ」
直ぐ近くで、私と同じく乾いた服を着ている最中のセシリアとローザが笑った。
もうっ! もとはと言えば、セシリアが余計な事を言うから……それからずっとアイシャは私を見ている。
「今から向かえば、陽が暮れる前にリベラルには到着できる。それじゃ、そろそろ出発しますかね」
ずっと居眠りしていたアローが、パチッと目を覚まし、飛び上がって羽ばたきながらそう言った。結構眠っていた様子だから、凄く元気になっている。そして人の言葉を流暢に話すボタンインコを目にして、また驚くアイシャ。アローを指さして、口をパクパクとさせながら目を見開いている。
そんなアイシャを見て、またセシリアが笑った。
よ、よし、セシリアの注目が私からアイシャに移って、アイシャの注目もアローに移った。これでいじられないで済む。ふう……
「ま、魔物や!! ま、魔物が現れはったで!! ど、どないしよ」
セシリアは笑っているだけ。暫くアイシャにアローの正体を教えずに、楽しむつもりなのかもしれない。だけどアローは、溜息をつくとアイシャに自己紹介を始めた。
「リトルレディー、僕はアロー。魔物ではありませんので、あしからず」
「え? え?」
「そんなに驚かなくても、なんの変哲もないボタンインコですよ。そうですね、あえて違っている部分を探せと言われると、それでも思いつくのはせいぜい2点位のものでしょうかね」
「な、なんの変哲もーー言いはっても、こんなに言葉を話す鳥、見た事ないですもん。で、でも、に、2点って……な、なんですのん」
「鳥だってその気になれば、人の言葉を学習する事はできますからね。喋るだけなら、探せばいくらでも見つかりますよ。九官鳥とかオウムとか、人の言葉を真似る事を得意とする種もいますしね。僕が他の鳥と少し変わっている点について。それは、人間の言葉をしっかりと理解することができるという点と、魔法を使う事ができるという事です。冒険者で言えば主に、【ウィザード】が得意とする黒魔法ですがね」
「はあーー、小さいのにえらいもんやなーー」
「なーに、小さいのはあなたもじゃありませんか。リトルレディー」
「へ? あ、ほんまや」
『あーーーっはっはっはっは』
大笑いするアイシャとアロー。そんな二人を眺めながら私とセシリアとローザは、再び出発する準備をし終えてた。ザックを背負って二人に目を向ける。
「アロー、アイシャ。それじゃそろそろ行きましょうか」
「ええ、行きましょう」
「へ、へえ!」
「私が手伝おう」
「へえ、おおきに」
アイシャが小さな荷車を押すと、ローザが手を貸したので私も手伝った。荷車は小さなものだけど、それなりに荷物も積んでいるし、コロポックルの小さな身体では大変だと思ったから。
丘を越えて街道に戻る。水の補給もできたし、汗や汚れも落とせたし休憩もできた。リベラルまではもう一息、ここは一気に行ってしまおう。私だけでなくセシリアやローザやアローも、同じ考えだった。
再び街道を歩く。天気は相変わらず良くて、日差しが強くアイシャは、持っていた大きなハスの葉を日傘にして、どうぞと私に差し出してきた。
折角だけど、それはアイシャが使ってと言おうとした。だけど、いい考えが浮かんだのでそれを受け取ってセシリアに渡した。
アイシャが引っ張る荷車を、私とローザも手伝う。その荷車の上にアロー。そしてセシリアが大きなハスの葉の日傘をさして、自分に加えてアイシャにも影がかかるようにして歩いた。
アイシャは、私達の方を振り向いて何度も親切にしてくれてありがとうと言ってくれた。
リベラルまでは数時間――距離もあるし、まだまだ歩く。
ローザとアローがアイシャと会話を始めたので、私もコロポックルという種族には初めて会うし、興味もあるので会話に混ざって色々と聞いてみようと思った。だけど、セシリアが話しかけてきた。
「それはそうと、そのリベラルで待つレティシアさんという女冒険者は、どういう人なのかしら?」
「そうですね。とても綺麗な人で、驚くほど強い人ですよ。あ、あと、アテナ様のような特殊な技を使います」
「そう。とても強い冒険者で、アテナ様のような技……つまり組技を得意とするのかしら」
「は、はい。そうです。モロロント山では、私がかなわなかった強い盗賊相手に、見事な投げ技を使って圧倒していました。それに不思議な人で、武器も持っていませんでした」
「武器を持っていない? そんな冒険者、初めて耳にするわね」
「私もそうです。でもレティシアさんは、特に剣や槍など武器を持っていませんでしたし、その場にある棒とかそういうので戦っていました」
「そう、かなり特殊な人のようね。武器を持たない冒険者なんて、初めて耳にするわ。でも組技なんて珍しい技術を持っていて、冒険者でって言ったらアテナ様の先生でいらっしゃるヘリオス様を思い出すわね」
「あっ! そう言えば確かにレティシアさんの口から、ヘリオス様の名前も出ていました。知り合いのような感じでした!!」
「やはり、そうだったのね。もしかしたら、そのレティシアさんという人は、ヘリオス様に関係のある人なのかもしれない。だとすれば、このメルクト共和国でとても頼りになる助っ人になってくれるかもしれないわね」
レティシアさんは、既に私の大きな助けになってくれている。そう思った。




