第627話 『アイシャ その3』
アイシャが案内してくれた川は、細く小さな川だった。だけど水の流れは速く勢いもあって、冷たかった。
私達はその水を両手で掬うと、ゴクゴクと思う存分飲んで十分に喉の渇きを潤した。そして、それぞれ持っていた水筒に水を補給した。
「ありがとうございます、アイシャさん」
「ア、アイシャさんだなんて、うちそんなん……アイシャって呼び捨てでええですねん」
「そ、それじゃあ私も、テトラって呼び捨てにしてください。その方が嬉しいです」
「へ、へえ。ほ、ほいだら……テ、テトラ……」
「は、はい。ア、アイシャ……」
私とアイシャは、それで仲良くなれたような気がしていた。それなのにセシリアは「ふーーん」っと言った感じで、私達のやり取りを冷めた目で見ている。
アイシャはそんなセシリアと、私とローザに向かって言った。
「ちいと向こう、すぐそこは気持ち川幅も広なって深さもありはりますねん。せやからこの暑さですし、ちいと水浴びとかしていきはったらええんやないですかね」
「それはいいですね!! どうでしょうか? セシリア、ローザ!!」
「いいんじゃないかしら。水浴びするというのであれば、賛成かしらね」
「私もだな。もう身体中が汗でビショビショだ。ここからなら丁度、街道からは丘で隠れて何も見えないし、他人の目にも晒されないだろう。絶好の休息場所になる。大きな沢山人のいる街に入るのだから、一応乙女としては、汗臭くてはいかんだろうしな」
「決まりましたね。アイシャ、私達はここで少し休息を取りたいのですが、いいでしょうか?」
「へえ、ええですよ。うちはそんな急いでいまへんから。テトラ達と一緒にリベラルまで行かしてもらえるんやったら、ぜんぜんかまやしませんねん。気にせんでええですわ」
「ありがとうございます、アイシャ」
アイシャはにっこりと笑うと、自分の荷車の方へと歩いていった。するとその上で眠り続けているアローを起こさないように気を使いながら、何か色々入った袋と大きな葉っぱを取り出した。
葉っぱは傘みたいでとても大きくて、荷車からずっとはみ出して見えていたので何かの材料か、特別な使用用途があるのかずっと気にはなっていた。
するとアイシャは、その大きな葉っぱを川に軽く浸す。そして水気がついたら、それを日傘にした。なるほど、やっぱり傘だった。
今日はとてもいいお天気。そして、日差しも強い。だから水気を含んだ大きな葉っぱを日傘にしているのだ。あれなら、暑さを軽減できるし、面白い発想だと思った。
感心して見ていると、アローが目を覚ました。初めて見るアイシャの姿を見て、目をパチパチさせている。
私達がずっと暑さに苦しんであれこれと話してどうにかしようとしていたのに、アローはその間ずっと眠って体力を温存していた。だからちょっと皮肉を言いたくなった。
「おはようございます、アロー。よく眠れましたか?」
「おはよう、レディー。ほう、フキの葉の傘ですか」
アローは私が思い切って言った皮肉を完全にスルーし、アイシャの事を話した。
「へえ、そーですねん。せやけど正確には……」
「オオフキの葉ですね。存じてますよ、小さなレディー」
アローの流暢な言葉にも驚いているかもしれないけれど、それよりもどう見ても普通のボタンインコが、とても博識だった事に、アイシャは驚いている様子だった。私はとりあえず、フォローする。
「ア、アローは特別な鳥なんですよ!! 鳥って人の言葉を真似たりできる種類もあるんですが、アローは言葉を理解しているんです」
「へえー、それはえらいもんですわ。うち、こんなに鳥様とお喋りしますん生れて初めてですわ」
「鳥様はやめて。アローとお呼びください。えーーっと」
「うちは、アイシャいいますねん」
「そうでした。コロポックルのアイシャ」
!!
コロポックル!?
そう言えば会った事はないけれど、そういう種族がいた話を何処かで聞いたような気がする。アローが言う位だから、そうなのだとは思うけれど、アイシャはコロポックル!?
背負っていた荷物を置いて、顔や腕などを川で洗い終わったローザがこちらに近づいてきた。私とアローとアイシャの会話は、直ぐ近くにいるローザやセシリアも聞こえている。
「やはりそうか。アイシャはコロポックルか」
「ローザは知っているんですね」
「ああ、これまでに会った事はある。ヒュームやエルフやドワーフ、獣人と同じくそういう種族がある。人間というくくりでは、少なくともこのヨルメニア大陸では同じくくりとなっているが、結構珍しい種族だった気がするな」
「へえ、確かにそうかもしれませんねん。うちらの種族は深い森とかで暮らしてはるもんが多いし、ローザはんが言うイメージの方が一般的やー思いますねん」
「それじゃあ、アイシャは一般的ではないコロポックルだな」
ローザにそんな事を言われて、一瞬キョトンとするアイシャ。でも少しすると、恥ずかしそうに鼻の頭をかいて言った。
「そ、そうですねん。仲間といさせてもーてた時から旅商人なりたいー言うては、変わりもんやーいうて見られてましたですもん。でもええですねん。旅商人なりたいー言う気持ちはホンマモンやったからー」
コロポックルのアイシャ。小さくて可愛い、ちょっとエスニックな感じの行商の女の子。
メルクト共和国を何とかしなくちゃって最中なのに、また素敵な出会いに巡り会う。
「それはそうとアイシャ。折角ですから、私達と一緒に水浴びしましょう」
「へえ、一緒させてもらいますわー」
私はアイシャの手を取り、素足になって川でバシャバシャと音を立て、水と戯れるセシリアのもとへ近付いて行った。




