第625話 『アイシャ その1』
水が必要だった。もしかしたら、アイシャさんに水を分けてもらえないか、ローザがそれを聞いた。
「それで、アイシャ。1つ頼みがあるのだが……そのもしも飲み水を持っているのであれば、分けてもらえないだろうか? 私とそこの獣人、テトラはまだ元気ではあるのだが……もう一人の仲間、そこのさっき君が居眠りしていた所でグロッキーになっているメイド、セシリアは限界なんだ。水が欲しい」
ローザがそう言うと、アイシャさんは慌ててセシリアの方へ近づいて、顔を覗き込むようにして確かめた。
「ホンマやなー、えらいへたばってもーてはるわ。水ならうちが多少は持ってますわ。ちょっと待ってなー」
アイシャはそう言って、自分の荷車の方へ行き積荷をゴソゴソと漁った。荷車はとても小さなもので、身体の小さなアイシャさんには、なんだか凄くマッチしていて使いやすそうだなと思った。
「何処やー、うち絶対ここに入れてたんやけどなー」
荷車に上半身を突っ込んで何かを探すアイシャさん。アナグマみたいでなんか可愛い……そして声を上げた。
「あったー! 見つけたったーー」
探している物が見つかって、嬉しそうな顔をするアイシャさん。その手には、飲み水が入っていると思われる水筒が握られていた。
アイシャはタタタと素早くケヤキの木の下へ走り、そこで休んでいるセシリアに水筒に入っている水を飲ませた。
「うっうっうっ……ごくっ……」
「リベラルまではもうあとちょいやからなー、全部飲んでもーてもええですねん」
「……はあ、ありがとう、アイシャ。あなたのお陰で生き返ったわ」
「お力になれて、うちも嬉しいですわ。困った時は、助け合いの精神ですわ」
にっこりと笑うアイシャさんにセシリアは手を差し出して、握手をした。
私は先程アイシャさんが言った事について、聞いてみた。
「リベラルまで、もうすぐなんですね。具体的に言うと、あとどの位なのでしょうか?」
「せやなー、うーーん。歩いて3、4時間位やろかな」
「さ、3、4時間位……ですか」
「それ位は、かかりはりますわ。それでーー、あのーーー、飲み水のお礼とかじゃないんですねんけどーー」
アイシャさんはそう言って、両手を組むとモジモジと上目遣いに迫ってきた。可愛い。
セシリアに飲ませた水のお礼に、何かを要求したいような素振りなのは解ったし、私にできる事があれば是非お礼はさせて欲しいと思った。
ローザやセシリアの顔を見て様子を伺うと、二人とも私と同意見のようで安心した。
「なんでしょうか? アイシャさん。アイシャさんは、飲み水を欲しいと言ったら直ぐに分けてくれました。そのお礼にできる事があれば、なんでも言ってください。ですが先に言ったように私達は、交易都市リベラルにある目的があって行かなければならないので、それを考慮して頂いて、できる範囲でって事になりますけど」
するとアイシャさんは、ニカっと笑ってローザの事を指して言った。
「こ、この方は騎士様なんやんねえ?」
「ああ、私は騎士だ。クラインベルト王国の、国王陛下直轄騎士団の団長を務めている者だ」
「え!? 騎士団長様!? そんなえらい人やったんですかー! そんなんやったら、うちえらい失礼な物言いしてしもーてすんまへんでした」
「それはいい。私も会うなり仲間を助けてもらった上に、馴れ馴れしく話もさせてもらっているしな。それで頼みがあるのか?」
「へえ。実は、うちも騎士様達と一緒させてもらいたいんですわー。リベラルまでご一緒させてもらえへんやろかー思うて」
え? そんなの事? ローザやセシリアも拍子抜けしたようで、二人共顔を見合わせると溜息をついた。そしてローザが続けていった。
「そんな事で恩を返せるなら、喜んで共をさせてもらおう。でも本当にそんなことでいいのか? 失礼でなければ、いくらか水代をお支払いするという事もできるが」
「いえいえ、そんなんええですねん! ほんまやったら、水をあげた事くらいで騎士様にたかったりなんか恐れおおくてできやしませんもん。でもうち、恐ろしゅーて、恐ろしゅーて」
恐ろしい? いったいそれってどういう事なんだろう?
「アイシャさん、それってどういう事なんですか? 何かそんなに恐ろしい事なんなんですか?」
アイシャさんは、拓けている周囲の景色を見渡すと私の質問に答えた。
「騎士様やメイド様もこの国を旅してはるんでしたら、当然知ってはると思いますねんけど、このメルクト共和国は、今は荒れに荒れてはりますねん」
「知っています。『闇夜の群狼』がこの国のいたるところに侵入してきて、執政官を殺害し、国を乗っ取ろうとしているんですよね。しかもその混乱に乗じて、暴れまわっている多くの盗賊達も多い」
「そーですねん。それでうち、あきんどですやん。ですからね、怖いんですよ」
アイシャさんがそこまで言って、私はやっと彼女が何を求めているのか解った。
「つまり私達にあなたの護衛をしてほしいという事ですね」
「いえいえいえ、そんな騎士様にメイド様!! そんな恐れ多い事、うちみたいなチンケなもんの護衛をせいなんて、とても言えやしませんねん。でも怖いんですわ。どうかリベラルまで、うちと一緒に行ってもらわれへんやろかー思うて」
私とローザ、それにセシリアはにこりと微笑んだ。そしてローザが「別にかまわないよな?」と私とセシリアに言うと、セシリアがアイシャさんに言った。
「私は非戦闘員なのだけれど、こちらの二人はかなりの手練れなのよ。一緒にいれば、きっと安全よ」
「へーーえ、おおきに! ほんま、おおきに!! これで安心してリベラルに辿りつけますわ」
セシリアも元気を取り戻したし、私達はアイシャさんを加えて再びリベラルを目指して出発する。
私とローザ、それとできるだけ体力を消費したくないのか、ずっとじっとしているアロー。
皆、かなり喉が渇いてはいるし、疲労もたまっているけど、あと数時間でリベラルに着くなら我慢して先を急ごうと思った。




