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第615話 『あの日のフォクス村 その6』



 ハーガンは、派手にその場に転んだ。仲間の帝国兵達も何処からか飛んでくる石に次々と打ちぬかれ、その場に倒れる。


 かなりの威力がある投石。そんなのいったい誰が!?


 考えを巡らしてみたけれど、その答えは直ぐ解ってしまった。近くに見える家の庭、その茂みからヒョコっと顔を出す黒く長い髪の少女。見るからに種族もヒュームで、獣人ではない。つまり、このフォクス村の子じゃない。


 それから少女は辺りをキョロキョロと見回すと、草の茂みから飛び出して私の方へと全力で駆けてきた。手には大きなクロスボウ……じゃない、(いしゆみ)を手に持っている。


 弩っていうのは簡単に言うとクロスボウのようなもので、少女が今手に持っているのは、この村で狩りに使っているもの。矢の代わりに石を乗せて、飛ばす道具。


 黒髪の少女は、私が吊るされている木の下までくると「ぜえ、ぜえ」と息を切らしながらも、今度はナイフを取り出して私を木の上に引き上げている縄を切った。



「ちょ、ちょっと待って! 今、切ったら私――このまま下に落ちちゃう!!」



 声を振り絞ってそう言ったつもり。黒髪の少女にも聞こえているはずなのに、少女は一向に気に留める素振りも微塵も見せずに、一切の躊躇もなく縄を切断した。



「きゃああああ!!」


 ドスーーーン!!



 私は両手を縛られたまま、木の下へと落下してお尻を地面に叩きつけられた。声が出ないくらいに痛くて、そのままその場に転がった。


 すると少女は私に近づいてきて、縛られている上に痛みで動けない私の胸を鷲掴みにしてきた。



「ひゃっ!! やめて、やめてえええ!! な、なんなんですか!!」



 しかし黒髪の少女は手を緩めない。むしろ、楽しそうに笑みを浮かべている。胸だけじゃなくて、お尻も触り始めたので私は、悲鳴をあげた。



「ヒイイイイイ!! やめてえええ!! やめてくださいいい!! 助けて、助けてくださいいい!!」



 少し泣きながら懇願すると、黒髪の少女は満足したというような感じで深い溜息を一度吐いて、私の手を拘束する縄を切ってくれた。



「あ、ありがとうございます!! で、でもあなたは何者ですか? フォクス村の住人ではないですよね」


「フフフフ、まだ解らないの。あなたが助けて助けてと泣き喚くものだから、仕方なくこうして助けに現れたというのに。もっと感謝して欲しいものだわ」



 黒く長い髪の少女はそう言って、眼鏡を取り出すとそれを耳にかけた。そしてその長く綺麗な黒髪を、サッと手で払うしぐさをすると言った。



「さあ、いつもでもボヤボヤしていないでここから脱出しましょう。この村には、ドルガンド帝国の兵がわんさといるわ。捕まったら、どうなるか解らない」



 やっぱりそうだ。私と同じ小さな子供、とても可愛い女の子だけどちゃんと面影がある。黒髪の天使のような女の子。そして極めつけは、私と同じくメイド服に身を包んでいる所。


 早く逃げなきゃいけないのに、私は思い切り少女に抱き着いた。そして彼女の胸に顔を埋めて、泣き喚いた。



「セシリアーーー!! ううーーー!! ううーーー!!」


「はいはいはい。とりあえず、気持ちは解るけれど脱出の方が先よ。このままこのなんだかよく解らない世界に捕らわれ続けていても、もとの世界へ戻れなくなってしまうかもしれないし。兎に角、この村を脱出しましょう」


「はい!!」



 脱出しなきゃいけない! 頭ではそれを第一に考えて行動しなくてはいけないのに、私はセシリアが助けにきてくれた喜びに浸ってしまっていた。


 セシリアに包まれるととても柔らかくて温かくて、安心する。セシリアの匂いはとても甘くて優しくていい香りがする。絶望の淵にいた私の心に、セシリアの存在は癒しを与えてくれた。



「あら、気持ち悪い……ニヤけてどうしたの? さっきまであんなに泣き叫んで助けを求めていたのに」


「い、いいんです!! いいんですよ、気にしないでください!!」



 顔を真っ赤にして、セシリアに反論する態度を精一杯見せた後に、私は少し先の建物を指さした。



「と、とりあえずあそこへ向かいましょう!」


「解ったわ。でもどうしてかしら?」


「あそこの家は、空き家なんです。そこに一旦隠れて様子を見ましょう。村の中は、ドルガンド帝国の兵士達でいっぱいですし」


「……どうしてそんな事があなたに解るのかしら?」


「この村は、フォクス村。以前セシリアにお話しした私の住んでいた村です。そして先程まで私は木に吊るされていました」


「だからテトラは、村の何処に帝国兵がいるか……既にその目で確認済みという事なのね。いいわ。それじゃ一旦その空き家に移動して身を隠しましょう」


「はい。それじゃついてきてください!」


「うっ……いてててて、このクソガキがあああ!!」



 セシリアの手を引いて、移動しようとするとハーガンが起き上がってきた。石が直撃した額からは、血が流れている。



「殺してやる!! だが簡単には殺さねーぞ!! ヒッヒッヒ、たっぷりと産まれてきた事を後悔させてか……ぐへっ!!」



 セシリアは私の手を振り払うと、その辺にあった石を拾って弩にセットする。それでまたハーガンの額を打った。ハーガンは白目を向いて、その場で仰向けに倒れた。



「うっが……」


「セシリア……」


「フフフフ、これで帝国兵も、少しは人に向かって石を投げつければどうなるか、解ったんじゃないかしら」



 セシリアの言葉に私は笑ってしまった。


 思い出したくない過去だったのに、まさかこの記憶で笑う事があるだなんて夢にも思わなかった。


 あの時と今はまったく違う。なぜなら私は、一人じゃないから。

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